近年、日本全国で「クマ被害」のニュースが連日のように報じられ、その深刻さはかつてないレベルに達しています。2023年10月22日には岩手県盛岡市内の児童公園に2頭のクマが出没し、近隣住民を一時騒然とさせました。同日、福島県会津美里町では高齢夫婦がクマに襲われ緊急搬送される事態も発生。人身被害は相次ぎ、その発生ペースは「過去最悪」とまで言われています。特に岩手県北上市では、相次ぐ悲劇が地域社会に大きな衝撃を与えています。
岩手・北上を襲った二度の悲劇:相次ぐクマ襲撃事件の全容
クマによる人身被害が拡大する中、岩手県北上市では短期間に2件の死亡事故が発生し、住民に深い不安と警戒感をもたらしています。
10月8日の遭難事故:山林でのキノコ採り中に犠牲者が
まず、10月8日には北上市でキノコ採りに出かけた男性が行方不明となり、後に遺体が発見されました。遺体にはクマによるものとみられる引っかき傷があり、死因は山林内でクマに襲われたことによる出血性ショックと断定されています。この痛ましい事故は、山間部での活動におけるクマの脅威を改めて浮き彫りにしました。
温泉旅館で起きた新たな悲劇:笹崎勝巳さんの遭難と遺体発見
最初の事故からわずか9日後の10月17日、北上市は再びクマによる悲劇に見舞われました。犠牲となったのは、近隣の温泉旅館で清掃員として働いていた笹崎勝巳さん(60)です。全国紙の社会部記者が当時の状況を詳しく解説します。
「笹崎さんは10月16日午前、露天風呂の清掃に向かってから行方不明となっていました。現場付近には、クマのものとみられる体毛や血痕が残されていたといいます。翌17日午前、露天風呂から50メートルほど離れた雑木林で遺体が発見されました。遺体は激しく損傷していましたが、司法解剖の結果、笹崎さんと認定されました。死因は出血性ショックとされています。」
岩手県北上市でクマに襲われ犠牲となった笹崎勝巳さん。隣には同じくクマ被害で亡くなった男性の姿も
現場で駆除されたツキノワグマの証言:異常な痩せ方とその意味
笹崎さんの遺体発見現場の近くにいたツキノワグマ1頭は、直ちに猟友会によって駆除されました。北上市猟友会・和賀支部会長の鶴山博氏が、その緊迫した状況と駆除されたクマの状態について証言しています。
「露天風呂の斜面の上、直線距離で50メートルほど離れた雑木林の中で、引きずられたと見られる遺体を発見しました。そのすぐ近くに、一頭のクマが佇んでいました。クマが遺体から5メートルほど離れた草むらに移動するのを待ち、猟友会の人間が駆除しました。オスの成獣で、体長1.5メートル、体重は約80キロでした。DNA検査の結果待ちではありますが、亡くなった男性を襲ったクマで間違いないと見ています。」
駆除されたクマの身体を調べた結果、冬眠を控えた時期としては極めて異常な状態であったことが判明しました。鶴山氏は、その深刻な意味合いを指摘します。
「冬眠直前の栄養を蓄える時期にもかかわらず、駆除したクマの身体には脂肪分がほとんどありませんでした。一般的に成獣の場合、5センチほどの脂肪がついているものですが、それが全く見られなかったのです。木の実などは脂肪になりやすいですが、肉類はなりづらい。人を襲うまで、いったい何を食べていたのか……」
このクマの極度の痩せは、本来の食料源である木の実や山菜が不足している可能性を示唆しており、その結果、肉食に転じ人間に襲いかかるという異常行動を引き起こしたと推測されます。
地域社会に広がる衝撃と課題:観光地でのクマ対策の難しさ
長年北上市の猟友会に所属する鶴山氏でさえ、今回の死亡事故には深い衝撃を受けたと語ります。
「もともとクマの目撃情報はありますが、特に人身被害が多い地域ではありませんでした。むしろ、ここ最近は市街地のほうでクマの出没情報が多くなっていました。各地でクマ被害が続いていることから、宿泊施設には注意喚起をしていましたが、まさか露天風呂にクマが現れて人を襲うとは、誰も想像していませんでした。」
JR北上駅から山間を縫うように流れる夏油(げとう)川沿いの県道を車で30分ほど走ると、今回の悲劇が起きた「瀬美温泉」に到着します。周囲は森林や畑が広がり、瀬美渓流を望む美しい自然に囲まれた温泉旅館です。少し離れた場所にキャンプ施設などが点在するものの、周辺に目立った集落はなく、人の手が入らない自然豊かな環境が広がっています。このような場所でのクマ被害は、観光客や地域住民の安全確保に対する新たな課題を突きつけています。お客さん相手の商売である以上、クマを目撃した際に爆竹を鳴らすといった対処についても、宿側がどこまで実施できるかという点で、悩ましい現状が浮き彫りになっています。
深刻化するクマ被害への警鐘:異常な行動が示す未来への課題
岩手県北上市で発生した二度の痛ましいクマ被害、特に温泉旅館での清掃員犠牲は、日本全国で深刻化するクマ問題の象徴と言えるでしょう。冬眠を前に異常なほど痩せ、肉食に転じた可能性のあるクマの行動は、単なる野生動物の出没を超え、生態系の変化や食料不足といった根本的な問題を示唆しています。私たちは、この「過去最悪」の状況を深刻に受け止め、地域社会、行政、専門家が連携し、より効果的なクマ対策と人々の安全を守るための意識向上に努める必要があります。





