「長野オリンピック選手村」から30年:今井ニュータウンのユニークな景観と歴史

街中に突如現れる、思わず目を引くような独特な形状の建物。その背景にはどんな物語があり、どのような生活が営まれているのでしょうか。本連載「『フシギな物件』のぞいて見てもいいですか?」では、そんな「フシギな物件」が持つさまざまな事情に迫ります。今回は、長野オリンピックのレガシーとして誕生し、現在もその面影を残す「今井ニュータウン」に注目します。

オリンピックの遺産が息づく街、今井ニュータウン

長野市川中島町今井原、JR今井駅のすぐそばに位置する「今井ニュータウン」は、1998年10月に誕生した特別な集合住宅地です。その特殊な背景は、1998年の長野冬季オリンピック・パラリンピックの選手村として一時的に利用されたことにあります。多様なデザインの住棟が立ち並び、水路が巡り、緑地が点在する景観は、見る者を惹きつけます。30年近く前に植えられた木々はしっかりと根付き、季節ごとに異なる表情を見せています。

中央の広場には、オリンピックの痕跡が今も鮮やかに残されています。地面には五輪マークが描かれ、住棟の足元には「選手村跡」の記念碑が建立され、その石板にはメダリストたちの名前が刻まれています。今井ニュータウンは、オリンピック選手村の一時利用を含む長野市の住宅整備事業として計画されました。住宅としての完成形に近い状態で一部仮設工事が施され、98年冬の大会を迎えました。大会終了後、改修工事を経てエンドユーザーに分譲され、市営住宅、県職員住宅、国家公務員住宅、民間企業住宅、そして分譲住宅を含む計1032戸を擁する大規模なニュータウンとして生まれ変わったのです。この建設事業にかかった総事業費は、用地費、建物建設費、道路・公園・緑地などを含め、412億円に上りました。

長野オリンピック選手村のユニークな建造物が並ぶ今井ニュータウンの景観長野オリンピック選手村のユニークな建造物が並ぶ今井ニュータウンの景観

個性的な住棟が織りなす「G工区」内部探訪

メインストリートである「けやき通り」の入り口に立つ、斬新なデザインの住棟を訪ねました。これは建設当時「G工区」と呼ばれた市営住宅で、長野市建設部住宅課の関係者の協力を得て、その内部を見学する機会を得ました。敷地へ足を踏み入れると、そこにはさらに濃密で独特な景色が広がっていました。今井ニュータウンのほとんどの住棟は、中庭を囲むように配置されていますが、このG工区も同様で、北から西、そして南側にかけてコの字型に建物が配置されているのが特徴です。

今井ニュータウンは、長野オリンピックの記憶を今に伝えるだけでなく、そのユニークな設計と地域に根ざした生活が共存する、まさに「フシギな物件」であり続けています。オリンピックという大規模なイベントが残したレガシーが、いかにして人々の日常に溶け込み、新たな街の顔を形成していったのか。その物語は、単なる住宅地の枠を超え、歴史と現代が交差する興味深い事例と言えるでしょう。