日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁が2日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け異例の緊急談話を発表したのは、先週末に米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が緊急声明で利下げを示唆したことで、日米の金利差縮小に伴う円高圧力が強まったからだ。市場の一部では、日米の中央銀行が協調して金融市場の安定に乗り出すとの見方も出ている。ただ、マイナス金利を導入する日銀は、FRBほど金融緩和の余地がない。打つ手が乏しい中、黒田総裁は“口先”で市場を牽制(けんせい)した形だ。(大柳聡庸)
黒田総裁は談話の中で市場動向に関して、「新型コロナウイルス感染症の拡大により経済の先行きに対する不透明感が強まるもとで、不安定な動きが続いている」と指摘した。
ただ、2月の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議後の会見などで繰り返し表明している「必要であれば躊躇(ちゅうちょ)なく追加的な措置を講じる」との文言はなかった。
第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは「FRBが利下げ姿勢を見せる中、日銀が何もしなかったら、さらに円高圧力が高まった」と、今回の談話の背景を説明する。実際、外国為替市場では2日、約5カ月ぶりの円高ドル安水準となる1ドル=107円ちょうどを付ける場面もあったが、談話公表後は、円相場が円安方向に転じた。
しかし、利下げという明確な金融緩和の手段があるFRBに比べ、日銀の緩和策は打つ手が限られる。
市場では「マイナス金利の深掘り」や「中小企業の資金繰り支援」といった日銀の追加策に関する観測が浮上している。だが、マイナス金利は金融機関の収益を圧迫するといった副作用がある。資金繰り支援については政府も検討しており、どれだけの効果があるかは不透明だ。ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストは今回の談話について、「評価はするが、口先で示すしかなかったのでは」と指摘する。
そもそも、金融緩和で企業の資金繰りを支えることはできても、感染拡大が終息しなければ、金融市場の混乱も完全には防げない。「新型肺炎の感染拡大に対して、金融政策は効力を有しない」(SMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミスト)とされる中、日銀は当面、難しい政策運営を迫られる。