米国では、わずか2ミリグラムで致死に至る可能性もある合成麻薬「フェンタニル」が猛威を振るい、「ゾンビ・ドラッグ」として知られています。身体の自由を失った中毒者が奇妙な動きをすることからそう呼ばれ、米疾病対策センター(CDC)の推計では、2024年だけでフェンタニルを含むオピオイド関連の死者が5万4743人に達するとされ、その危険性は計り知れません。日本経済新聞が、フェンタニルの米国への密輸ルートに中国組織が名古屋を中継拠点として利用していた疑惑を報じる中、国内でのフェンタニルの広がりはまだ確認されていません。しかし、日本の最南端では昨年頃から、乱用者を”ゾンビ化”させる別の新たな合成麻薬が急速に蔓延の兆しを見せており、社会問題化しています。
なぜ「エトミデート」が沖縄で急速に広まったのか?
この新たな危険ドラッグは、厚生労働省が2024年5月に規制薬物に指定した「エトミデート」と呼ばれる薬物です。沖縄県内で「即効性のある脱法ドラッグ」として、2024年頃からその広がりが確認され始めました。密売現場では「笑気麻酔」という隠語で呼ばれ、電子たばこで吸引するリキッドの形で取引されている実態が明るみに出ています。エトミデートは本来、全身麻酔などに用いられる医療用医薬品であり、日本では未承認ですが、海外では広く流通しています。本来の医療目的を超えて、鎮静作用のある「麻薬」として乱用されるケースが海外でも多発していました。
海外で蔓延していたものが、中国や台湾などアジア圏から沖縄へと流入してきたと見られています。医療現場などから比較的容易に入手可能で、リキッド状に加工すれば大量生産も容易です。規制薬物指定前は摘発対象ではなかったため、X(旧Twitter)やテレグラムといったSNSを通じて大麻などと共に密売され、10代から20代の若者を中心に爆発的に広がり、瞬く間に大規模な市場が形成されていきました。
テレグラム上で密売される「笑気麻酔」と呼ばれるエトミデートとその吸引具
「笑気麻酔」が引き起こす深刻な健康被害と異常行動
厚生労働省がエトミデートの規制に踏み切る直前には、すでに「死亡例を含む健康被害や異常行動を引き起こす場合がある」危険ドラッグとして、捜査当局が摘発事例を公表し、その危険性を強く呼びかけていました。実際に乱用者には、手足のけいれんや奇声といった「ゾンビ化」を思わせるような異常な行動が見られ、深刻な影響が懸念されています。
当局の警戒と規制への動き:交通事故が発覚の契機に
前出の地元メディア関係者によると、捜査当局がエトミデートの蔓延を認知するきっかけとなったのは、県内で発生した交通事故の捜査でした。事故の関係者が酩酊状態にあったものの、呼気検査ではアルコールが検出されず、所持品を調べる中でエトミデートの成分が混入されたリキッドが発見されたといいます。
さらに、深夜に徘徊する少年らを補導した際にも、同様のリキッドの所持が相次いで確認されました。これらの事態を受け、捜査当局はエトミデートの乱用が広まっている現状に強い危機感を抱き、メディアを通じてその危険性を広く周知する必要があると判断しました。この一連の動きが、エトミデートが厚生労働省によって規制薬物に指定される大きな後押しとなりました。
医療現場で全身麻酔に用いられる「エトミデート」の医薬品
結論
米国で猛威を振るうフェンタニルとは異なるものの、日本で「ゾンビ化」現象を引き起こす新たな合成麻薬「エトミデート」が、特に沖縄県内で急速に広まり、深刻な社会問題となっています。医療用医薬品の悪用、SNSを通じた密売、若者層への浸透といった特徴を持ち、既に健康被害や異常行動、さらには死亡例も報告されています。厚生労働省による規制薬物指定や捜査当局による摘発強化が進められていますが、その蔓延は依然として警戒が必要です。現在は主に沖縄での広がりが報じられていますが、その手軽さと強力な作用から、全国への波及リスクは非常に高いと考えられます。国民一人ひとりがこの新たな危険ドラッグ「エトミデート」の危険性を認識し、薬物乱用防止に向けた意識を高めることが、これ以上の被害を食い止める上で不可欠です。
参考文献:
- 米疾病対策センター (CDC)
- 日本経済新聞
- 厚生労働省
- 地元メディア関係者 (匿名)