ヘリコプターによる航空運送事業を手がけるヒラタ学園(神戸市)と岐阜大学(岐阜市)、学生ベンチャーのヒューロビント(同)、病院・介護施設での食事サービスを提供する日清医療食品(東京都千代田区)は、持ち運び可能な簡易式ヘリポート夜間灯火『HEXAGON(ヘキサゴン)』を開発、今年4月1日から販売を開始する。全国各地のヘリポートでは夜間照明が整備されておらず、日没後のヘリ運航は難しいとされてきた。『ヘキサゴン』は一人でも持ち運ぶことができ、約10分で設置可能。救急車や物資搬送車などに搭載しておくことで、着陸地点に照明を運び込んで、ヘリを誘導できるようになる。災害や緊急時のヘリ夜間運航をサポートし、防災・救急医療体制強化への効果が期待されている。
重さ1.2キロ。軽いのに風に強い
「研究室ではロボット技術と福祉といった組み合わせをはじめ、企業や現場のニーズを聞き取りながら先端技術を活用する社会実装に取り組んでいる。持ち運び可能な照明開発の依頼を受け、2019年1月にプロジェクトが動き始めた。以来、軽量化・低消費電力・大量生産の容易さ-の3点をポイントに試作と改良を重ねてきた」
ロボットアーム研究などで知られる岐阜大学工学部機械工学科の松下光次郎准教授は、『ヘキサゴン』の特長をこう説明する。
『ヘキサゴン』の灯火は、航空法で定められた航空黄(オレンジ色)の境界灯8個、航空緑の境界誘導灯8個。1個の大きさは縦横が各15センチ。高さは3センチと薄く、重さはわずか1.2キロと軽量化を実現している。軽いだけではなく、風圧にも強く、上空や全方向からも明瞭に視認が可能。高輝度LED集合ランプが採用され、電源は単3アルカリ乾電池3本で、6時間以上の連続点灯ができる。
松下准教授は、「ヘリコプターは着陸時に、ローターブレード(翼)の回転によってダウンウォッシュと呼ばれる下方向への強風を発生させる。照明が軽いと風で動いてしまうが、六角形という形状や高さの工夫などによって、ボルトなどで固定しなくても吹き飛ばされないようにした」と指摘する。
照明が入ったキャリーケースは、風光灯や予備電池といった備品を含め、総重量は約35キロ。一人で持ち運びが可能で、10~15分ほどで設置できる。
設置時にはまず、着陸帯の中心となる場所にケースを置く。ケースには境界灯と境界誘導灯の設置位置が分かるようにマーキングされた巻き尺が入っている。設置する人はケースを起点にして、巻き尺を持って距離を測りながら灯火を配置していくと、15メートル四方と20メートル四方の着陸帯を作ることができる。
灯火はリモコン(無線)で点灯・消灯するため、着陸帯から離れた場所からも操作ができる。将来的には、ヘリコプターのコックピットからも操作ができるように開発が続けられている。
製品の生産は、岐阜大学の学生らが立ち上げた学生ベンチャーのヒューロビントが手がける。岩田君彦代表は、「大学の研究成果をしっかりと技術移転していく。IoT(モノのインターネット)などをうまく活用し、ハードとソフトの両面から、熱意を持って合理的に開発を継続して、利便性を向上させていきたい」と意気込む。
ヘリの運航時間延長へ期待
ヘリは、操縦士(パイロット)が障害物などを目で確認して、衝突を回避しながら飛ぶ「有視界飛行方式」で運航する。フライトは天候に左右され、夜間(日没から日の出まで)は、航空法の基準を満たした計器や照明設備がない場合は、離着陸が原則禁止されている。
ヘリコプターは、空港や公共・非公共ヘリポートをはじめ、飛行場外離着陸場として国から許可を得ている場所に着陸できる。また、市町村などが、災害時の人員や物資搬送を目的に、飛行場外離着陸場の許可基準に合致したグラウンドやゴルフ場、駐車場などをヘリポート適地(臨時ヘリポート)として設定している。
ヒラタ学園の調べによると、全国でヘリが離発着できる場所の90%以上で夜間照明が未整備になっているという。ヒラタ学園が拠点を置く兵庫県でも、約850カ所のヘリ離着陸場があるが、照明設備があるのは、空港や病院など5カ所だけにとどまっている。
背景には、安全確保や騒音問題など、さまざまな要因があるが、設備投資の難しさも課題の一つ。常設型の照明は電気工事も必要となり、設置費用は約1000万円前後と高額になる。可搬式照明もあるが、発電機などの電源やケーブルが必要となる上、重量が大きく設置には多くの人手が必要になるという。
災害時のヘリにより救援活動への期待は大きいが、ヘリの夜間飛行体制は十分に構築されていない。また、ドクターヘリについては、乗務要件などさまざまな課題の議論が続けられており、夜間運航は実施されていない。
ヒラタ学園副理事長で航空事業本部の平田光弘・本部長は、「地球温暖化などの影響もあり、災害が多発している。地震も多い。熊本地震や西日本豪雨もそうだったが、災害時は陸路が遮断されることが多く、物資運送などには民間ヘリが活躍する。しかし、現状では運航できるのは日中のみで、夜間は飛べないという社会的課題を抱える。照明があれば、ヘリの機動力をさらに向上させ、臨機応変な救助活動に貢献できる。コストを下げ、設置方法を簡単にして…と、長年にわたってヘリ運航に携わってきた企業の問題意識から、災害対策を前提にした理想を追い求めてきた」と開発の道のりを振り返る。
自身もヘリ操縦士として活躍してきた同航空事業本部の飛弾清彦・副本部長は、「暗闇の中を飛ぶということはあらゆる制約が起きてくる。一番大切なのは明かり。これからは24時間利用可能なヘリポートを探すのではなく、着陸できる地点へ照明を持っていく。学校の校庭や河川敷、ゴルフ場、高速道路、民間駐車場などを臨時ヘリポートにして、支援物資搬送などの緊急活動が24時間可能になる」と訴える。
近い将来に発生する可能性が高いとされる南海トラフ地震では、東海から九州にかけての沿岸部や山間部で、道路寸断などで5000近い地区が孤立すると推測されている。そうした地区での傷病者救助や物資搬送手段として、小型ヘリや大型ヘリを組み合わせた対策の需要が高まっている。
4月1日の販売開始に先立って、和歌山県がすでに13セットを購入。和歌山県内では夜間の離着陸が可能なヘリポートは7カ所だけだったが、広域防災拠点などに『ヘキサゴン』を配置し、夜間対応が可能な場所が20カ所に拡大した。
同県日高町の日高広域消防事務組合の井口崇・消防署長は、「管内では、災害時に道路が寸断されて地区が孤立した経験もあり、その際は日中のヘリ運航や徒歩での物資搬送を行った。実際には24時間運航というのはハードルが高いかもしれないが、薄暮の時間帯などを含めて、少しでもヘリの運航時間を長くすることができれば、利便性が高くなり、救助活動も大きく変わってくる。取り扱い方法も簡単で、災害時など人手が足りなくなった際にも、少人数でヘリの受け入れ態勢を整えることができるのでは」と期待を寄せている。
非常時も食事届ける使命実現
夜間照明開発プロジェクトを支援してきた日清医療食品は、全国の医療機関や介護・福祉関連施設などへの食事サービス提供を行っている。全国に16支店を展開し、受託施設数は5300を超える。病院、高齢者施設ともにシェア1位を誇るヘルスケアフードのリーディングカンパニーとして知られている。
1日3食を365日、欠かさず届ける-。企業として掲げる目標を実現していくため、災害対策に積極的に取り組んできた。非常時にインフラが寸断されても提供できる災害時献立を3日分備蓄、全国18カ所の倉庫に、水やカセットコンロなどの支援物資も保管している。通信手段を維持するための仕組みづくりや、陸路が遮断された場合に備え、ヒラタ学園など数社と災害時ヘリ運航契約を結んで、ヘリ活用にも注力してきた。
しかし、平成30年7月の西日本豪雨の際、ヘリが抱える課題に直面した。広島県三原市の施設への物資搬送を試みたが、天候回復などの都合から、ヘリの神戸出発は午後5時過ぎに。日没が近い時間と重なり、ヘリ運航の安全性や物資搬送の迅速性など、さまざまな観点から夜間照明の必要性を痛感したという。そのときの課題意識の共有が今回の開発プロジェクトにつながった。
同社取締役の乳井真一・総務本部長は、「災害が起きないことが一番だが、想定を超えた災害がどこで起ころうとも、食事を届けるサービスを継続していく。そして、地域や社会に貢献できるようにしていきたい」と話す。
『ヘキサゴン』プロジェクトリーダーで、ヒラタ学園航空事業本部の小笠原健太課長は、「夜間のヘリコプター運航という社会的課題を解決するため、さまざまな企業、研究機関がつながり、知見を持ち寄って、『ヘキサゴン』が誕生した。ヘリコプターの運行会社としても、夜間訓練を重ねて、万全の備えをしていきたい」としている。
簡易式ヘリポート夜間灯火『ヘキサゴン』のセット販売価格は130万円(税別)。販売網が整備されるまではヒラタ学園が直接販売する。都道府県防災部局や消防防災航空隊、自衛隊、警察航空隊、病院、ゴルフ場などが販売対象。1年間の販売目標は100セット、10年で1000セットを目指しているという。
提供:日清医療食品