好意を寄せた刑事への嘘と逮捕から15年あまり。大津地裁は31日、西山美香さんに無罪を言い渡した。「刑事が恋愛感情を利用し、供述をコントロールした」。再審判決は、虚偽の自白が不当な捜査によって誘発されたと切り込み、刑事司法が抱く問題点にも言及した。
「患者の人工呼吸器のチューブを外し殺害しました」。患者の死亡をめぐり、職員が異常を伝えるアラームを聞き逃したとする過失致死事件の線で捜査を始めた滋賀県警。西山さんの自白が方針を一転させた。
だが内実は違った。軽度の知的障害などがあった西山さん。容易に相手に迎合したり、状況を客観視する力が弱かったりした。県警はその点に気づきながらも、患者の死は事件だったとの見立てで突き進んだ。内規に反し、刑事が西山さんにハンバーガーやドーナツなどを差し入れていたことも明らかになった。
だが公判でも、西山さんの特性は深く検討されなかった。平成17年の大津地裁判決は「虚偽の殺人告白は刑事に迎合しただけではあり得ず、男性の気を引く合理的方法とも思えない」と認定。嘘は事実へとすり替えられた。
その後、死因などの矛盾が浮上じ、再審の扉は開かれた。冤罪(えんざい)は晴らされたが、長い時間を要した。
「自然死の可能性などを十分に検討していれば、そもそも起訴されていなかった」。再審判決で捜査当局に反省を促した地裁の大西直樹裁判長。その上でこう説諭した。「時間は巻き戻せないが未来は変えられる。西山さんの15年を無駄にしてはならない」
もっとも再審公判では、検察側が有罪立証を断念し、刑事の証人尋問が見送られるなど、十分な審理が尽くされたとは言い難い。「事件」はなぜ作出されたのか。司法関係者は自ら検証すべきだ。(花輪理徳)