新型コロナウイルスの感染拡大の脅威と不安が遺体を扱う現場に広がっている。死因究明や犯罪捜査の手がかりを得るため、警察などからの依頼で遺体の司法解剖を担う大学の法医学教室でもマスクや防護服などが不足し、感染リスクが付きまとう。環境が整わず、解剖が十分に実施できなければ、犯罪を見逃し、治安悪化を招く恐れもある。(松崎翼、村嶋和樹)
■肺炎疑い遺体「祈る気持ちだった」
「医療用マスクなしでの解剖は自殺行為だ」。千葉大や東大で解剖に当たる岩瀬博太郎教授(52)は訴える。約50平方メートルの千葉大法医学教室の解剖室。最新設備はなく、中央付近には簡素な解剖台が1台置かれているだけだ。
「部屋は陰圧になっていてウイルスが外に漏れないようになっているが、中にいる人は感染する可能性がある。他の多くの法医学教室も同じだろう」
千葉大では3月から感染が明らかな遺体の解剖は断ることにしている。だが肺炎は日本人の死因の上位を占める。肺炎やコロナ感染のリスクを完全に把握するのは困難で、解剖医らには不安がつきまとう。実際にCT検査で肺炎の疑いがある遺体もあったといい、岩瀬氏は「神に祈るような気持ちだった」と振り返る。
■「N95」マスクも、防護服も…
コロナウイルスにも有効とされる医療用マスクN95は2月時点のストックが約200枚だった。1~2カ月程度分で、補充のめどはたっておらず、CTで肺炎が疑われない事例では通常のサージカルマスクを使い、しのいできた。防護服も入手できておらず、岩瀬氏は「解剖に立ち会う警察官はN95マスクをつけ、遺体に一番近いわれわれは普通のマスク。とにかくN95マスクが欲しい」と話す。