音楽シーンには常に流行や新しいサウンドの発信地がある。ここ数年、世界中が注目しているのが南ロンドン。トム・ミッシュ、キング・クルールらを輩出し、ロック、ポップス、ヒップホップ、ジャズの新しい形を生んでいる。
ロンドン中心部、ピカデリーサーカスから見ると南東部に当たる地域が南ロンドンだ。治安が悪く、暴動も多かったところだが家賃が安く、多くのアーティストの卵が移り住んだ。白人英国人だけでなく、有色人種英国人も多かった。
2012年のロンドン五輪に合わせた都市開発でロンドン郊外を走る鉄道、オーバーグラウンドが開通し、ペッカムライ駅が誕生した。現在ではロンドンの名所になっている印刷工場を改造した巨大ライブハウス、プリントワークスもできた。ペッカムライ周辺は南ロンドンの文化発信の中心地になった。
特徴的なのは人種の壁を越えて生み出されたマルチカルチャリズム的なアートだ。音楽にもマルチカルチャリズムならではのユニークさがあり、それがブームの発端となった。
南ロンドンの熱気は、ロンドン中に飛び火し、1960年代のスウィンギングロンドンを思わせるという気すらする。
「ドリフトグラス」というデビューアルバムを発表した黒人英国人女性サックス奏者、キャシー・キノシを中心とした10人編成のジャズバンド、シード・アンサンブルも現在のロンドンの音楽シーンを象徴している
マイルス・デイビス、サン・ラ、チャールズ・ミンガスらジャズの大御所へのオマージュを忘れず、彼らを下敷きにしながら西アフリカ音楽、カリビアン音楽まで混合している。
キノシは2019年、マーキュリー賞という音楽賞の候補になった。その際、「黒人英国人である意味への祝福」とコメントした。
南ロンドンからロンドン中に波及した新しい音楽は何よりも自由である。これはすべてのポピュラー音楽が忘れ去りつつある、大切な根幹だ。(音楽評論家)