ウクライナを侵略しているロシア軍の苦戦が伝えられる中、水面下で両国の停戦交渉を仲介しているとされるロシアの新興財閥オリガルヒの一人、ロマン・アブラモビッチ氏(55)とウクライナの国会議員らが、会談直後に毒物によるとみられる症状を訴えていたことが29日、分かった。停戦に反対するロシアの強硬派が毒物で妨害を図ったとの憶測が出ている。一方、この日は正式な対面での停戦交渉が、約3週間ぶりにトルコで行われた。
毒物で暗殺を企てるのはロシアのいつもの手だ。英プレミアリーグの強豪チェルシーのオーナーでもあるアブラモビッチ氏への「手を引け」という脅しなのか。
複数の米英メディアによると、ロシアのプーチン大統領に近いアブラモビッチ氏、ウクライナの国会議員や停戦交渉担当者の計3人は今月3日、ウクライナの首都キエフで会談後、数時間して顔や手の皮膚のただれ、目の充血や痛み、涙が止まらなくなるなどの症状が出た。アブラモビッチ氏は数時間にわたって目が見えない状態が続き、食事をとるのが困難になった。現在3人は回復し、命に別条はない。
3人は症状が現れる前の数時間はチョコレートと水しか口にしておらず、会談後、キエフ市内のマンションに移動してから症状が出た。翌日はポーランド経由でトルコのイスタンブールに向かう予定だった。アブラモビッチ氏はロシア、ベラルーシ、ウクライナなどを行き来して、水面下で停戦交渉の仲介者として活動をしていた。
原因について、調査している英調査報道サイト「ベリングキャット」の調査担当者は、サンプルを適時に採取できなかったため特定は難しいと言及。ただ、状況や症状から化学兵器の「イペリット」という皮膚などにただれを引き起こすびらん剤の可能性が高そうだ。
イペリットはにおいがあるが、症状が比較的軽かった点も考えると、濃度が薄く殺傷力が低かった可能性がある。同サイトの担当者も「殺害の意図ではなく、警告だった」との見方を示した。
「犯人」について、事情を知る関係者は停戦交渉を妨害しようとするロシアの強硬派の関与を指摘。過去にロシアは毒物を使った暗殺事件をいくつも起こしている。
2018年には英ソールズベリーで、亡命していた元ロシア情報機関員と娘が神経剤ノビチョクで襲われ一時重体に。20年にもロシア反体制派ナワリヌイ氏がノビチョクで襲われる事件が起きており、今回も疑念が強まっているとみられる。
ただ、インタファクス通信によると、ロシアのペスコフ大統領報道官は「情報戦の一部だ」と報道を否定している。