“プラモアナ”松井康真氏「好きなことを伝えたい」 テレ朝を定年退職しセカンドキャリアへ

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“プラモアナ”松井康真氏「好きなことを伝えたい」 テレ朝を定年退職しセカンドキャリアへ

プラモデルの話に生き生きとした表情を見せる松井康真アナウンサー

【写真】松井アナが作成した南極観測船

 久米宏氏の横で爽やかにスポーツニュースを伝えていた青年アナは、3月に定年を迎えた。局からは残ってほしいと頼まれたが「好きなことを伝えたい」との思いは抑えきれなかった。「局にいたおかげで多くのことができましたが、反対にできないこともあった」と心境を明かす。

 最もこだわりをみせるのが、趣味のプラモデル。小学生時代から始め、今では自分で設計図を描き、ホームセンターで材料を収集。オリジナルモデル(スクラッチビルド)を制作する。細かい加工や塗装は、眼鏡型拡大鏡を使用。軍艦や戦車、南極観測船も制作した。「積んでいるコンテナの色も調べて再現します」という手の込みよう。観測船の場合、費用は1~2万円で制作期間は約2週間で作り上げた。

 東日本大震災が起きた2011年に報道記者へ異動。そこでも趣味が生きた。東工大出身で原発に関心を持っていたこともあり、福島第1原発の1号機原子炉建屋もネットで設計図を入手し、確認取材を経て完成させた。原発の144分の1スケールモデルは、テレビ朝日のニュース番組でも使用された。

 「趣味を聞かれた時、油絵だったら『いい趣味ですね』と返されるのに、『プラモデルをやっています』だと反応が微妙なんです」と疑問も。「いまだに子供のおもちゃと思っている人が多い。ちゃんとした人が、時にはチームも組んでちゃんとした物を作っているんです」と強調する。テレ朝時代から個人で模型専門誌の連載を執筆。フリーになっても大手メーカー・タミヤと話し合い、プラモデルの魅力を広めようと尽力中だ。

 過疎化が進む出身地・富山県南砺市のPRや、司会業にも力を入れる。4月の統一地方選では候補者の集会で司会も務めた。「選挙運動ではありませんが、テレ朝の社員だったらできなかった」と実感を語る。

 入社2年目で「ニュースステーション」のスポーツコーナーを担当(1987~91年)。人気アナになったが、キャリア後半ではテレビ画面に登場するのは原発事故や気象災害の時がほとんど。「僕が出るのは、世の中でよくないことが起きている時。この12年、画面で笑ったことはないです」と振り返る。

 芸能の仕事を行う時のため、大手事務所と業務提携を結んではいるが、基本的には個人活動。「1年目は大赤字だと思います。私は有名になりたいわけでも、金持ちになりたいわけでもない」と笑う。

 結婚式の司会、トークのセミナーなど仕事の基準は「人の役に立てるかどうか」だ。「終わった後に『松井さんに頼んでよかった』と言われたいんです」。公私で培った武器でセカンドキャリアを突き進む。

印象深かった久米氏丸刈り宣言 〇…長年のアナウンサー活動で印象深かったのは1989年4月、「ニュースステーション」で広島ファンで知られるMCの久米宏氏が「巨人が優勝したら丸刈りになる」と発言したことだという。「私は隣にいて『やばいな。これは巨人優勝しますよ…』と思った」と振り返る。結果は巨人が優勝、久米氏は丸刈りに。G党の徳光和夫さんが司会を務める日テレ「ニュースプラス1」にも出演した。「でも、おかげで、関連する別の番組も視聴率が上がりました。頭の回転と切り返しのうまさなど…あの人を超えられる人はもう出てこないと思います」と尊敬の念を示した。

 ◆松井 康真(まつい・やすまさ)1963年3月13日、富山県南砺市出身。60歳。東京工業大学工学部卒業後、86年4月、テレビ朝日入社。入社2年目から「ミュージックステーション」、「ニュースステーション」を担当するなど番組多数。テレビ朝日アスクの校長を経て、2011年から報道局の記者となり、原発報道などに関わる。23年3月に退社。趣味はプラモデル、トランペット演奏。身長179センチ。血液型A。

報知新聞社

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