【ドクター和のニッポン臨終図巻】
65歳で在宅医を卒業した僕のライフワークは歌うこと。11月に東京と神戸で行うライブに向けて目下練習を重ねています。実はオリジナル曲もあるのですが(よかったらYouTubeで「コスモスを君に 長尾和宏」と検索してください)、普段聴いている自分の声と、録音した声があまりにも違いすぎてショックを受けたりもします。
【写真】大山のぶ代さん、3歳サバ読んでいた!夫・砂川啓介さんが明かす
なぜ録音した自分の声は、別人の声に聴こえるのでしょう?
普段聞こえている自分の声は、空気振動が鼓膜に伝わる「気導音声」と、骨が振動して伝わる「骨導音声」の2つの経路で耳に入ってきます。しかし録音した声は、「骨導音声」はなくなります。
つまり録音した音声こそが、他人が普段聴いている自分の声ということ。でも多くの人が、これは自分の声ではない! 私は本来、もっといい声なのに…と妙な気分になるのではないでしょうか。
しかし声のプロは普段から「気道音声」だけを意識して発声しているはずです。日本中の誰もが愛した、この人の声も…。
1979年から2005年まで、26年にわたって『ドラえもん』の声を務めた、声優で俳優の大山のぶ代さんが9月29日に亡くなりました。享年90。死因は老衰との発表です。大山さんは、05年に(他のキャストとともに)『ドラえもん』を降板。その後08年に脳梗塞を発症。そして12年にアルツハイマー型認知症と診断されました。しかし病名はしばらく伏せられたままでした。
夫で俳優の砂川啓介さんが彼女のイメージを傷つけないようにと、秘密を抱えて介護を続けていたのです。子供のいなかったお二人は、芸能界でもおしどり夫婦で知られていました。しかし啓介さんは、17年にがんで死去。僕は当連載でこう書きました。
<有名人夫婦ということもあり、下の世話まで、啓介さんがお一人で抱えていたようです。精神的に、徐々に追い詰められていく啓介さん。「でも、僕はカミさんにとって、たった一人の身内。俺が頑張らなきゃいけないと思った」と後から振り返っています。しかし15年、親友の毒蝮三太夫さんから「老老介護を甘く見るな。このままでは啓介のほうがまいっちまう」と言われ、公表を決意。本まで出版しました。公表をしたことで、自身が妻の認知症を素直に受け入れられるようになったと語っています>。
啓介さんは自身のがん発覚後、在宅介護をあきらめ、のぶ代さんを施設に入所させています。葬儀にものぶ代さんは参列できなかったといいます。「伴侶の死もわからないなんて…」と認知症を嘆く人もいますが、僕は悲劇とは思いません。最愛の人の死を知らぬまま旅立つのはある意味、幸福な最期ではないでしょうか。
■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。公益財団法人日本尊厳死協会副理事長としてリビング・ウイルの啓発を行う。映画『痛くない死に方』『けったいな町医者』をはじめ出版や配信などさまざまなメディアで長年の町医者経験を活かした医療情報を発信する傍ら、ときどき音楽ライブも。