日本人はなぜ長時間働かなくなったのか、「短時間労働者の増加」を読み解く


【写真】いまさら聞けない日本経済「10の大変化」の全貌…

なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……

注目の新刊『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

タスクは細切れになっていく

長時間労働の是正は、企業にとってどのような意味をもつだろう。労働者にサービス残業をさせることで利益を上げていたような企業があるとすれば、労働者が長時間働いてくれなくなることは痛手になる。

しかしその一方で、法令を遵守している企業であれば、基本的には時間外労働の分だけ割増賃金を支払わなくてはならないことから、残業が減れば人件費を節約することができる。その意味では残業時間が減ることは事業者にとっても必ずしも悪い話ではない。

残業時間が減ると、従業員の労働生産性はどう変化するか。従業員が日々の仕事の中で取り組む仕事にはさまざまなタスクがある。

たとえば、営業職を思い浮かべれば、大口の契約が取れる見込みが高い顧客との商談から、契約の見込みが低い顧客への提案、また付随して発生する事務作業なども多くある。これまでより短い時間で成果を上げなければならないということになれば、基本的には優先度の低い業務から諦めていくことになるはずである。そうなれば、フルタイムで長時間働いていた人にとっては、労働時間の減少はおそらくは平均的な労働生産性の上昇を促すことになる。

こうしたメカニズムが、近年の労働生産性の向上や時間当たりの給与水準上昇の背景にある可能性もある。

また、短時間労働者の増加は、角度を変えれば労働者のタスクが細切れになっているという見方もできるだろう。

図表1-26は、労働時間別の就業者数の推移を取ったものである。2000年時点で週1~14時間働く人は298万人であったが、2023年には580万人に増えており、この二十数年で倍増している。週15~29時間働く人も増えている。

過去、壮年期の男性が労働市場の多数派を占めていた時代においては、さまざまな業務がフルタイムの働き方を前提に構築されていた。しかし、短時間労働を希望する人の比重が増える中で、企業は既存の人事制度や業務プロセスを組み立て直す必要性が生じてきており、ビジネスの現場では業務プロセス全体を抜本的に見直すBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)という考え方が注目を集めている。

将来的には、高齢者など短時間しか働けない人はますます増える。長時間働ける労働者が急速に減少する中で、企業はこうした人たちに活躍してもらわなければ人員確保がままならなくなっていくだろう。そうなれば、これからも企業はタスクを細分化させ、短時間労働で働きたいという労働者の希望を叶えるように業務を再構築せざるを得なくなる。

仕事を細かくタスク分解していった先には何があるか。同様の性質を持つタスクを寄せ集めることができれば、そのタスクは労働者でなければ担うことができないタスクではなく、AI(人工知能)やロボットなどでも代用できるタスクに近づいていく。そうなれば、資本を投下して人が担っていた仕事を自動化していくことも可能になる。人しかできない仕事を人が担い、機械でもこなすことができるタスクは機械に任せることができれば、社会全体の生産性は高まっていくはずである。

デジタル技術が進歩している現代において、1週間フルに働くことを前提とした旧来型の働き方ではなく、タスク分解を行い、短時間でも希望した人が働きたいときに働ける環境を整備する。企業がタスクを切り出していくことは、これからもビジネスの潮流となっていくはずだ。

坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)



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