〈支給されなかった障害者加算〉一つの判決が覆した生活保護に関する“役所の常識”、「申請なければ支給しない」がまかり通る世界を変える


申請がなければ対応しない「申請の壁」

 しかし筆者は、生活保護行政に与えるインパクトは、少なくとも桐生市事件と同程度、場合によってより大きな影響を与えるものと考えている。

 事件の概要をごく簡単に紹介しよう。

 名古屋市の精神障害のある40代男性が、生活保護を利用していた。男性は13年に統合失調症を発症し、16年に生活保護を開始。同年11月に精神障害者保健福祉手帳2級(以下、「手帳」)を取得したにもかかわらず、19年7月に自身が問い合わせるまでの間、およそ2年8カ月間、障害者加算が支給されていなかった。

 本来、手帳2級を取得すれば障害者加算として月額1万7870円が上乗せになる(名古屋市の場合で、金額は地域により異なる)。市は問い合わせ後、3カ月分のみを遡って支給した。19年7月に「申請」があったので、その時点から生活保護のルールで認められる範囲までさかのぼって支給したことになる。

 本人からの申請がなければ対応しない。俗に「申請の壁」と呼ばれる、役所の典型的な対応である。

崩れた「申請主義の壁」

 原告側となる男性の主張はこうである。福祉事務所は、手帳を取得するために必要な診断書の費用を支払っていた。支払った以上は、その後、手帳が取得できたかどうかを確認すべきところ、その調査を怠っていた。調査義務違反があったのだから、手帳取得当時にさかのぼって障害者加算の認定を行うべきである、と。

 名古屋高等裁判所は25年1月24日、男性の請求を認め、市に約50万円の支払いを命じる判決を下した。名古屋市は上告せず、判決は確定した。

 この判決によって何が変わるのか。

 市は「障害者加算を求める申請がなかったので、加算は認定しなかった。申請を受け付けたあとは、ルールに則って加算を認定している」と主張した。この主張に対して、司法が『ノー』を突きつけたのである。

 これは、完全ではないにしろ、「申請の壁」が壊れたことを意味する。



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