知的障害のある人がさまざまな支援やサポートを受ける施設のなかで起こっている諸問題。ノンフィクション作家の織田淳太郎氏が潜入することになった現場で目にしたまさかの現実とは……。
同氏の著書『 知的障害者施設 潜入記 』(光文社新書)の一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/ 続きを読む )
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正月明け、かっちゃんにいつもの元気がなかった
正月明け、私は久しぶりにT作業所に顔を出した。
事業所側に利用料名目の収益を目論む意図もあったのだろう。T作業所の利用者には週休2日制が設けられていたが、それ以外は祝日でも作業所に通わなければならない。「行事」と称して、彼らは年末年始もT作業所に駆り出され、正月気分をのんびり味わうことなく、この日も作業に精を出していた。
そのなかに「かっちゃん」がいた。
彼はGさんによるDホームでの虐待の内実を事細かく私に教えてくれた、軽度の知的障害者である。
「Gさんにやられたことはないよ。これでも僕はしっかりしているから」
と口にしていたそのかっちゃんに、いつもの元気がない。冗談好きにして面倒見が良く、場の雰囲気を盛り上げるリーダー的な存在感を誇示してきたが、両腕で頭を抱え込むようにしてテーブルに突っ伏している。スタッフに促されて、ときおり顔を上げるものの、口数はほとんどなく、表情も淀んで覇気がなかった。
理由はまもなくしてわかった。
帰省していた利用者の菓子と小遣いが消えた
正月の期間中、Dホームでは一人の入居利用者が実家に帰省していた。その利用者が自室に保管していた菓子類のすべてが消えた。いや、消えたのは菓子だけでない。その利用者は小遣いの自己管理を任されていた数少ない一人で、押入れに隠していたはずの数千円の小遣いまでもが忽然と消えたのである。
常勤職員がさっそく「家宅捜索」を開始した。すると、まもなくかっちゃんが「容疑者」として浮かび上がってきた。彼の部屋からタバコ数箱と空になった菓子袋が出てきたのである。
かっちゃんは小遣いをT作業所に管理される身。禁煙措置をとられていた上、おやつ類も一切禁止されている。これらのものが彼の部屋にあること自体、不自然極まりないことだった(彼は世話人の目を盗んでタバコを買ってきていた)。
かっちゃんには当然、「取り調べ」が待っている。施設長を含む男性社員3人にミーティングルームの密室に連れ込まれ、厳しい詰問に遭った。これが、かっちゃんがうち沈んでいる理由だった。