「服従させることに躍起になっていましたね」日本の障害福祉の現場で起きている“非人道的な対応”のリアル


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 利用者との交流、職員との対立、日々募る違和感と葛藤……。ひょんなことから知的障害者施設で働くことになったノンフィクション作家の織田淳太郎氏は、いったいどのような現場を目の当たりにしたのか。

 同氏の著書『 知的障害者施設 潜入記 』(光文社新書)の一部を抜粋。スタッフと入所者の圧倒的な権力差の実情を紹介する。(全2回の2回目/ はじめから読む )

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バリカン脅迫事件

 社員は異常事態を素早く察知した。さっそく内偵を始め、あることが発覚した。鳥内さんのグループホームに保管されていたはずの料理酒が、一本丸ごと消えているという。仮に鳥内さんが「犯人」だとして、料理酒一本を飲み干してからの来所となると、千鳥足になるのも無理はない。

 その日の正午前のことだった。私が一足早い休憩をとり、スタッフルームで昼食の弁当を食べていると、そこに社員のJさんが険しい表情で入ってきた。続いて神妙な顔つきで入ってきたのは、鳥内さんである。

 Jさんは私の存在を認めるや、躊躇する仕草を見せたが、「まっ、いいか」と、鳥内さんと向かい合った。

「鳥内さん」

 尋問が始まった。

「呂律回ってないよ」

「………」

「どうしたの? ホントのこと言いなよ」

 10歳以上もの年長者に対する横柄な物言い。まずそこに、腹立たしいほどの違和感を覚えた。

「どうして黙ってるの?」

 Jさんの怒気を抑えた声が、かえって不気味に響いた。そして、こう付け加える。

「これで、反省する?」

 Jさんが小箱を手にしていた。何気なさを装って目を凝らすと、それはバリカンが収められた紙箱だった。

「どうするの?」

 Jさんがバリカンを箱ごと突き出した。鳥内さんは怯えたように小さく首を横に振って、何やらモゾモゾと口を開いた。耳をそばだてたが、何を言っているのかわからない。

「さあ、正直に言いなよ」

 Jさんが低い声で迫った。

「………」

 鳥内さんは何も答えられない。

「なんで、言えないの?」

 バリカンを脅しの武器とした尋問は、しばらく続いた。その間、鳥内さんは神妙な顔つきで、一方的に尋問の集中砲火を受けていたが、結局、料理酒を一本丸ごと自室で飲んだことを認めた(バリカンによる丸刈りの難は免れた)。



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