「ファミリーハート」(仮称)と契約を結ぶ郊外店で、私は今も現役のオーナーであり、本名を明かすことはできない。店頭でコンビニの変化をずっと見続けていると、人々のものの捉え方、考え方の変化もまたよくわかる。コンビニは日本社会の縮図なのだ。
※本稿は仁科充乃『コンビニオーナーぎりぎり日記』(三五館シンシャ)の一部を抜粋・編集したものです。人物名は全て仮名です。
● 某月某日 万引き 警察はまだ来ない
数カ月前から、ものが頻繁になくなりだした*。板チョコが一度に5枚なくなったり、ドラ焼きが必ず毎日1個ずつ消えたり、目につくなくなり方をしだすと、「ああ、まただ」とため息が出る。
バイトの子たちにも気をつけてもらい、どの時間になくなるかを見ていると、朝の8時から9時のあいだということが判明した。私がその時間帯の防犯カメラをチェックしてみると、ある女の子が浮かびあがった。
小柄な体格で、顔つきには幼さが残る。きっとまだ学生だろう。商品棚に近づき、商品を手に取り眺める。手慣れているのか、ビデオ画面では盗る瞬間は確認できない。だが、その不審な動きは犯人が彼女であることを示していた。
バイトの子たちにビデオを見せ、この子の行動に注意するよう伝えた。
「この子じゃないと思います」バイトの女の子がそう言った。
「可哀想。捕まえないでおいてあげてください」別の子が言う。彼女たちも、こんなに若い子が犯人だなんて思いたくないのだ。
バイトの子たちのためにも、そして犯人自身のためにも、私ができるのは一刻も早く捕まえる*ことだけだ。
この子に間違いないと確信して5日目、彼女が店から出たところで、夫が呼び止めた。万一、振り切って逃げられた場合、夫は若い女の子の腕をつかむことはできないため、私も反対方向からまわり込んだ。
「今、お金を払わないで持ち出そうとしたものがあるよね?」
夫がそう呼びかけると、あきらめたように肩を落として小さくうなずき、促されるままに事務所の中に入った。
「あなたが毎日盗っていくの、ずっと気づいていたんだよ」
話しかけながら、私は泣いてしまう。万引き犯ならもう何十回も捕まえてきた*。でも慣れることはない。私は捕まった当人よりも動揺し、オロオロしながら話しかける。
「あなたがこんなことをすることで大勢の人が傷ついているんだよ。バイトの女の子たちもみんな『この子がそんなことをするはずがない』って言ってたの。食べられもしないほど大量に盗っていくのは本当に欲しいわけじゃないよね」
この春、親元を離れ、1人で生活を始めたストレスか何かでこんなことをしてしまったのかもしれない、などと考えていた。だが、うつむいたままポツリポツリと話す彼女の言葉からそうではないことがわかった。
幼く見えた彼女はもう20歳を超えていて、運転免許証も持っていた。両親のことを尋ねると、父親とは別に住んでいて、「母は……」と言いかけて言葉を途切らせた。職場がこの近くにあり、仕事に行く前に訪れては万引きを繰り返した*という。高校生のころから万引きが止められず、もう何度も捕まっているのだとも話した。どうりで手慣れていたはずだ。
「職場の先輩たちがもうすぐこの店に買い物に来るはずなんです。そのときに私が警察に連れていかれる姿を見られたら困るんです……」
「あなたの職場の人たちに知られるようなことはしない。そのときは事務所で待ってもらうから大丈夫」
私がそう言うと心細げにうなずいた。