〈「動くな」「電話するな」ある日突然、会社に大勢の捜査員が押しかけ…“冤罪事件”に巻き込まれた大川原化工機は、なぜ警察に狙われてしまったのか〉 から続く
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不正輸出の濡れ衣で社長ら3人が逮捕されるも、初公判直前に起訴取り消し、その後の国賠訴訟では捜査員からの「捏造」発言も飛び出した「大川原化工機冤罪事件」。なぜ警視庁公安部によるストーリーありきの捜査は止まらなかったのだろうか?
ここでは、同事件を取材した毎日新聞記者・遠藤浩二氏の著書『 追跡 公安捜査 』(毎日新聞出版)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の3回目/ 1回目 から読む)
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不正輸出事件は、被害者側の証言や被害現場の状況と照らし合わせる必要がない
私は捜査関係者を取材する中で、「不正輸出事件には被害者がいない」という言葉を何度も聞いた。どういうことなのか。殺人や強盗、窃盗といった一般の刑事事件には必ず被害者がいる。殺害された場合、被害者は言葉を発することはできないが、遺体から死因や死亡推定時刻などは特定できる場合が多い。
現場に指紋や毛髪などが残されていれば、犯人特定の大きな手がかりとなるだろう。強盗や窃盗の場合は、防犯カメラに犯人が映ったり、目撃者がいたりする場合もある。少なくとも被害品は必ず存在する。
一方、外為法違反に問われる不正輸出事件はどうか。ルールを守っている企業の立場からすれば、不正輸出をした企業によって自社の利益を損ねられ、広い意味での被害者と言えるかもしれない。
しかし、殺された、奪われた、盗まれたというような、直接の被害者は見当たらない。つまり、不正輸出事件は、被害者側の証言や被害現場の状況と照らし合わせる必要がないのだ。
「おかしいと思う捜査員はたくさんいたが、捜査は止まらなかった」
ある捜査関係者は言った。「被害者から話を聞く必要がないので、ある意味では『当事者不在』の捜査になる。法令解釈や業界の認識を押さえてしまえば、捜査機関側が事件をいくらでも組み立てられる。ストーリーありきの捜査になるリスクがある」
大川原化工機の捜査はどうだったか。宮園警部が「外為法はザル法」と周囲に語っていたように、公安部は、CISTECの生物・化学兵器製造装置分科会の主査だった男性に話を聞きに行き、経産省の輸出規制省令が曖昧で、欠陥があることを序盤でつかんだ。
そして、独自の乾熱殺菌という解釈を打ち立てた。噴霧乾燥器メーカー、そして装置を実際に使うユーザーからも話を聞いたが、公安部の乾熱殺菌を支持する会社はいなかった。そこで、何でも言いなりになる同業他社のX社の証言を業界の認識と位置付けた。公安部はまず見立てを決め、それに沿う証拠や証言を集めていったのである。
ある捜査関係者は諦めと怒りを込めて言った。
「おかしいと思う捜査員はたくさんいたが、捜査は止まらなかった。幹部に表立って異を唱えれば、翌日に捜査から外されるだけだ」