八千草薫さん、ドラマ黄金期支え存在感 変容する女性、演じ続け





平成21年にフジテレビで放映された「ありふれた奇跡」に出演し、取材に応じる八千草薫さん(奈須稔撮影)
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 しとやかな雰囲気で愛された女優、八千草薫(やちぐさ・かおる)さんが死去して1カ月余。清純な娘役だけでなく、不倫に走る人妻など本人のイメージとはほど遠い役も、ファンに強い印象を残した。テレビドラマに求められた時代とともに変貌する家族や女性の姿を、持って生まれたかわいらしい空気感とともに演じ続けた希有(けう)な女優だった。

 八千草さんといえば、映画「宮本武蔵」で一途(いちず)に武蔵を思い続ける清純なお通役や日伊合作「蝶々(ちょうちょう)夫人」のヒロイン役の従順で清楚(せいそ)なイメージがぴったりだ。

 昭和32年、26歳で19歳年上の映画監督の谷口千吉さんと結婚。八千草さんによれば、当時は「女優は結婚したらもうだめ」という時代で、実際、映画の仕事を干された時期もあった。逆にそのことをバネに、テレビ、舞台へと活動の幅を広げていったようだ。

 40年代には「肝っ玉かあさん」「ありがとう」といったホームドラマで、家族の絆や温かさが描かれた。だが、50年代に入ると世相を反映し、家族の崩壊や価値観の変化、女性の意識の変容なども描かれるように。山田太一さん、倉本聰さん、向田邦子さんといった脚本家が活躍するテレビドラマ黄金期だ。

 八千草さんはこの3人の作品を中心に出演し、重要な役どころを演じてきた。山田さん脚本のテレビドラマ「岸辺のアルバム」(52年)で、不倫をする家庭の主婦を演じて話題に。中年男女の恋愛を描いた「季節が変わる日」(57年)では離婚した女性役で共演の岡田眞澄さんとベッドシーンに挑戦する。いずれも、従順で可憐(かれん)な八千草さん、ではなかった。

 ドラマや演劇に詳しい岡室美奈子・早稲田大教授の分析によれば、当時の山田さん脚本のホームドラマには(1)高度経済成長とその後の父権的、あるいは男性中心主義的な家庭のあり方への疑義(2)主婦や若くない女性の「性」-の2つが描かれていたという。岡室教授は「家庭の主婦や母親を『性』から切り離された存在として描いてきたホームドラマへの強烈なアンチテーゼだった」と語った。

 その上で、「八千草さんがあの上品で穏やかな笑顔で演じたからこそ、浮気をする妻らが過度に生々しく映らず、説得力をもって広く社会に受け入れられたのではないか」と話した。

 山田太一さんは「八千草さんだとすんなり納得してしまうような場面を他の俳優さんが演じると、どうも嘘っぽくなってしまう」(八千草薫著「優しい時間」)と記している。

 八千草さんは80歳を過ぎてからも、上品な高齢女性役などで数多くの作品に出演。高齢化時代を反映した役柄も演じ続けた。10月24日、膵臓(すいぞう)がんのため死去。88歳だった。(水沼啓子)

 【略歴】大阪市出身。宝塚歌劇団の娘役で活躍し、昭和26年に映画デビュー。32年、映画監督の谷口千吉さんと結婚。出演映画は「宮本武蔵」や日伊合作「蝶々夫人」「男はつらいよ 寅次郎夢枕」など。ドラマ「岸辺のアルバム」「阿修羅のごとく」のほか、「二十四の瞳」などの舞台にも立った。平成9年に紫綬褒章、15年に旭日小綬章。



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