老後の安心は、思わぬきっかけで揺らぐことがあります。年金制度の常識が、ある日突然、高い壁となって立ちはだかる――そのようなケースも珍しくありません。
夫婦で年金月40万円。老後の楽しみは「海外旅行」だったが…
都内で暮らす山田和子さん(仮名・69歳)と夫の健一さん(仮名・74歳)は、絵に描いたような悠々自適の老後を送っていました。健一さんはもともと大企業の部長職を務め、定年後も嘱託社員として勤務。退職金は3,000万円超え。現在、受け取っている年金は、夫婦合わせて40万円。その内訳は、健一さんが33万円、和子さんが7万円。
原則、65歳から老齢年金を受け取ることができますが、健一さんは「給与があるから」と、繰下げ受給を選択。これは、老齢年金を66歳以後75歳まで間で繰り下げて増額した年金を受け取ることができるもの。1ヵ月繰り下げるごとに0.7%増額となり、その増額率は一生変わりません。なお、老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰り下げすることができます。
健一さんが年金を受け取り始めたのは、71歳を半分ほど過ぎてから。増額率は54.6%で、65歳時点で月20万円ほどだった老齢年金は、65歳以降も厚生年金に加入した分と合わせて、月33万円にもなっていました。
月40万円、手取りにすると月33万円強。持ち家で、修繕費用や固定資産税などは考えないといけませんが、年金だけで十分に生活ができ、しかも毎月お釣りがでるのも当たり前。そんなお金の不安がまったくない、安泰の老後を過ごしていました。
旅行が趣味だという山田さん夫婦。毎年2〜3回は、数週間の海外旅行に行くのが老後の楽しみだったとか。
「やはり海外旅行は体力がいりますよね。いつまで元気でいられるかわからないので、毎回、長めに旅行にいくんです。バックパッカーみたいな格好で、安宿を転々と。そして最後の宿泊先だけ高級ホテルに泊まって、高級レストランで食事をして――それがいつものパターンでした」
ソニー生命保険株式会社『シニアの生活意識調査2024』によると、シニア(50〜70代)の楽しみとして最も多く挙がったのが旅行(全45.3%、男性44.4%、女性46.2%)。特に現役時代は、長期の旅行に出かけるとなると至難の業。「引退したら、色々なところを旅するんだ!」と憧れる人は多いでしょう。まさに山田さん夫妻もそのなかのひと組。
ペルーのマチュピチュ、ボリビアのウユニ塩湖、トルコのカッパドキア……足腰が丈夫なうちに行くべきところをリストアップし、ひとつひとつ制覇していくことが老後の楽しみだったという山田さん。
「次はヨルダンのペトラ遺跡に行こうといっていたのに」
夫婦の夢は、突然、途切れます。健一さんが自宅で突然倒れ、そのまま帰らぬ人となったのです。持病もなく、健康には人一倍気を使っていた健一さんの突然の死は、和子さんにとってまさかの出来事でした。