21世紀の主要な外交舞台には、いつもこの人の姿がありました。16年にわたってドイツを率いたアンゲラ・メルケル元首相。ヨーロッパで最も頼りにされる政治家として、一筋縄ではいかない各国のトップと渡り合ってきました。一線を退いた今、彼女は混迷する世界をどう見ているのか。単独インタビューが実現しました。
■原点は東ドイツ“自由”への眼差し
“ヨーロッパの盟主”“自由民主主義の最後の砦”はたまたロシア融和でウクライナ侵攻のすきを作った“責任者”。様々な評価をされてきた宰相が来日しました。日本のテレビの取材に答えるのは首相退任後初めてです。
激動するポスト・メルケル時代を横目に書き上げた回顧録。タイトルに選んだ言葉は『自由』でした。
ドイツ メルケル元首相
(Q.表題を『自由』にした理由は)
「テーマの自由は私の人生全体を貫いています。この本は、自由のない東ドイツでの子ども時代から政界引退まで書いたものです。自由は子ども時代に特別なものでした。当時、自由はありませんでしたが、政界に入り重要な意味を持ちました。自由は民主主義国家にしかなく、そのために私は活動してきました」
東ドイツで育ったこと。それがメルケル氏の原点です。東西冷戦の始まりとともに生まれた分断国家。その東側は貧しく、どこに秘密警察が紛れているか分からない灰色の世界でした。自由なき独裁体制下を生き抜いた少女が目指した道は、理系である物理学でした。
アンゲラ・メルケル著『自由』(KADOKAWA)
「2たす2は東ドイツでも4なのだ」
■歴史の“転換点”政治の道へ
サイエンスの世界を突き進んでいた研究者に転機が訪れます。1989年11月9日、世界を引き裂いていた分厚い壁が一夜にして崩壊しました。この日、西側になだれ込む群衆の中にメルケル氏もいました。毎週木曜日の楽しみだったサウナのバッグを抱えたまま。
歴史の転換点をつかみとり、政治の世界に飛び込んだメルケル氏。副報道官を皮切りに閣僚、党首、そして、ドイツ史上初の女性首相へと駆け上がっていきます。
ドイツ メルケル元首相
(Q.愚かな質問かもしれませんが、旧西ドイツで育っていたら)
「愚かな質問ではありません。政治の道を選ばず、他の職業へ進んでいたでしょう。西ドイツでは教師か心理学の道を志したかもしれません。東ドイツではやろうとは思いませんでした」
就任以来、4期16年の長きにわたって国を導き、ヨーロッパの羅針盤として各国の指導者たちと渡り合ってきました。2021年、首相退任とともに政界を引退。これが一時代の終わりを告げたかのように、国際社会は今、冷戦崩壊後最大の揺らぎの中にあります。