漢の武帝も唐の太宗も失敗…中国の歴代皇帝の後継者問題を読み解く 京大名誉教授が「期待を裏切ることはない」と推薦する一冊(書評)


 同氏が、「期待を裏切ることはない」と太鼓判を押す一冊があります。
 それが、関西学院大名誉教授の阪倉篤秀氏による『中国皇帝の条件─後継者はいかに選ばれたか─』(新潮社)です。

 秦の始皇帝から清の康熙帝まで、歴代14人の皇帝を取り上げ、皇位継承をうまく遂行することがいかに難しいかを描き出した本作。

 先代と比較されて重圧に苦しむ二代目、甘やかされて育つ三代目――そこには、時代を超えて繰り返される継承のジレンマが浮かび上がります。

 なぜ「名君の次は凡君」が繰り返されるのか? 皇帝たちは後継者をどう選び、どう育てたのか? 

 本作の読みどころを綴った冨谷氏による書評を紹介します。

冨谷至・評「『名君』の素質でもどうしようもない『命運』」

 本来「帝」とは、「天帝」「上帝」を意味するが、始皇帝が自己を天帝に擬えたことから始まって、神秘性をもつ絶対君主と見なされていた。しかしながら、現実はそうではない。いったい、帝政中国において、何人の皇帝が登場したのか、これは歴代王朝をどう数えるのか、殺害された幼帝、廃位された皇帝を含むかどうかで、あがる数は異なるが、おおよそのところ、二百人余と見てよいだろう。その二百余の皇帝のなかで、「三皇」「五帝」を兼ね備えた名に値する人物が果たして何人いるのか、著者はまず皇帝たるべき素質をあげる。冷酷ともいえる決断力、自己のおかれた立場の冷静な認識、軍事と民政の両面に優れた能力、このような条件を備えた皇帝は、数えるほどしかいないこと、本書を読み進んでいくなかで、我々は実感させられる。

 本書では、二十七人の皇帝が登場する。すべて中国史上有名な皇帝であり、高校世界史の教科書にも彼らの治績はとりあげられ解説されている。なかでも、漢武帝、唐太宗、この二人は、歴代皇帝の中で屈指の名君、偉大な皇帝として以後の王朝を通じて高く評価されてきた。

 積年の敵であった匈奴をゴビ砂漠の北に駆逐した対外政策、以後二千年にわたって王朝支配の基本となる儒教を官学化した内政、何にもまして「漢」という帝国が以後の王朝の理想となったことが武帝の偉業を物語っている。また太宗李世民の治世は、「貞観の治」と称賛され、太宗は、有能な臣下を適材適所に用い、対外的には周辺異民族を従える「天可汗」の称号をもって、ユーラシアに君臨する大唐帝国を築き上げた。著者があげる皇帝たるべき素質、能力を十二分に備えていたからにほかならない。

 しかしながら、名君の誉れ高い彼らにおいても、その能力が及ばず、失敗に終わったことがある。それは後継者問題であり、後継者の選択が帝政中国の歴史を左右したのである。

 先の漢武帝においては、晩年の立太子をめぐっての冤罪事件と、後継者の力量不足がもたらす政治の混乱、李世民にあっても、嫡長子を太子に立てたものの、後継の重圧が彼の精神を壊して太子の廃位を招き、最終的に後を継いだ三男(高宗)の気弱な性格が唐王朝の転覆(武則天による武周革命)の原因をつくったのである。もとより、武帝も太宗も熟慮の上の後継者選びであったのだが、それは名君の素質をもってしてもどうしようもない命運であったのか。

「後継者はいかに選ばれたか」を副題にもつ本書は、とりあげた皇帝にかんして、この後継者の選出、後継者となろうとした経緯、即位した後の行動を解説したものであり、皇帝中心史観でもって中国史を概説することを意図したわけではない。



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