時代劇「必殺シリーズ」で奉行所の同心でありながら裏の顔を持つ主人公・中村主水を演じ、日本中の視聴者を魅了した俳優、藤田まことさん(享年76)。その伝説的なキャリアの裏には、壮絶な人生経験と、共演者だけが知る温かい素顔があった。日刊ゲンダイ編集委員として多くの有名人を取材してきたコラムニストの峯田淳さんが、藤田さんの人柄や俳優としての軌跡を、関係者の証言を交えながら振り返る。この記事では、国民的俳優として一時代を築いた藤田まことさんの、知られざる人間的な魅力と、多くのヒット作を生み出した原動力に迫る。
テレビ時代劇「必殺シリーズ」の中村主水を演じる俳優・藤田まこと。渋い表情で刀を構える。
池波正太郎作品での共演者たちが語る人柄
藤田まことさんが晩年に心血を注いだ作品の一つに、池波正太郎原作のドラマ「剣客商売」がある。この作品で藤田さん演じる主人公・秋山小兵衛を囲んだ共演者たち、すなわち若い女房のおはるを演じた小林綾子さん、息子の大治郎役の山口馬木也さん、そして岡っ引きの弥七役の三浦浩一さんが、偶然にもこの数年でそれぞれ異なるテーマでインタビューを受ける機会があったという。
彼らは皆、藤田さんとの共演について熱く語っている。小林さんは、撮影の「その瞬間」に感じた藤田さんの懐の深さを、山口さんは「涙と笑いの酒人生」の中で触れた思いやりを、そして三浦さんは「死ぬまでにやりたいこれだけのこと」という人生観を語る中で、藤田さんから受けた影響を示唆した。共演者たちが口々に語るのは、画面を通して見える役柄のイメージとは異なる、藤田さんの人間的な温かさや、周囲を包み込むような優しさだった。それは、長年のキャリアと壮絶な人生経験に裏打ちされた、役者としての深みでもあったのだろう。
数々のヒットシリーズを支えた軌跡
コメディアンとしてキャリアをスタートさせた藤田まことさんは、「てなもんや三度笠」で一世を風靡し、その才能を開花させた。しかし、それは線香花火のようなものだったと本人が後に語るように、人気は一気に凋落。一時期は歌手や司会者としてキャバレーなどをドサ回る苦労も経験した。
しかし、そこから役者として再ブレイクを果たし、数々の国民的ヒットシリーズを生み出すことになる。中でも最も有名であり、彼の代名詞ともなったのが「必殺シリーズ」の中村主水役である。このシリーズは社会現象となり、彼の俳優としての地位を不動のものとした。
さらに、冷静沈着な刑事を演じた「京都殺人案内」、人情味あふれる刑事役で人気を博した「はぐれ刑事純情派」、そして晩年に深い愛情を注いだ「剣客商売」と、主演を務めたシリーズの多くが成功を収めた。一人でこれほど多岐にわたるジャンルで、これだけ多くのヒットシリーズを世に送り出した俳優は、日本のエンターテインメント界においても極めて稀有な存在と言える。
舞台上で熱唱または演技する藤田まこと。俳優としてだけでなく歌手・コメディアンとしても活躍した彼の在りし日を偲ばせる。
壮絶な人生背景と俳優への情熱
1933年に生まれた藤田まことさんの人生は、決して平坦ではなかった。彼の父親もまた名前を知られた俳優であったが、居場所をなくしていく姿を間近で見て育った。幼い頃に実の母親を亡くし、継母との折り合いが悪かったという家庭環境。さらに、出征した兄を戦争で亡くすという悲劇も経験している。
こうした壮絶な人生背景は、彼の人間形成や俳優としての表現に大きな影響を与えたと考えられる。若き日の成功とその後の不遇、キャバレーでのドサ回りといった苦労は、彼の演技に深みとリアリティを与え、「必殺」シリーズでのニヒルさや、「はぐれ刑事」での人情味、「剣客商売」での洒脱さといった、多様な役柄を見事に演じ分ける力の源泉となったのだろう。
困難な状況にあっても俳優として立ち上がり、第一線で活躍し続けた藤田さんの姿は、多くの人々に感動と勇気を与えた。彼の人生そのものが、彼が演じたどの役柄にも劣らない、ドラマチックな物語であったと言える。
まとめ
藤田まことさんは、「中村主水」として日本中から愛されただけでなく、共演者から慕われる温かい人柄、そして壮絶な人生経験を乗り越えて数々のヒットシリーズを生み出し続けた不屈の俳優だった。池波正太郎作品で共演した小林綾子さん、山口馬木也さん、三浦浩一さんの証言からは、彼の懐の深さや思いやりが伝わってくる。コメディアンから始まり、一度は不遇の時代も経験しながら、「必殺シリーズ」「京都殺人案内」「はぐれ刑事純情派」「剣客商売」といった金字塔を打ち立てたその軌跡は、日本の芸能史に燦然と輝いている。彼の人生背景に触れることで、その演技や人柄の深みがどこから来たのかが垣間見える。藤田まことという俳優は、単なる人気者ではなく、まさに人生をかけて役と向き合った真のエンターテイナーであった。
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