新型コロナウイルスパンデミック以降も、世界ではさまざまな感染症が流行しています。日本国内でも、今年に入り百日咳の患者数が急増。特に懸念されているのが、治療に用いられるマクロライド系抗菌薬が効かない薬剤耐性菌の増加です。この薬剤耐性菌(AMR)の拡大は、今や世界中で大きな問題となっています。
各国が対策を講じる中、日本政府も2016年に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を策定し、AMR対策を進めてきました。しかし、その脅威はまだ広く認識されていません。
薬剤耐性菌とは? なぜ深刻な問題なのか
抗菌薬は、医療現場で「抗生物質」や「抗生剤」とも呼ばれ、細菌を原因とする感染症の治療薬として広く使われています。しかし、細菌感染症ではない疾患に使用したり、医師の指示通りに服用を完了しなかったりするなど、不適切に使用すると、体内で薬剤耐性菌が増殖する危険があります。
薬剤耐性菌が増えると、これまで一般的な抗菌薬で簡単に治療できていた感染症が治療困難になり、重症化したり、場合によっては命に関わったりするリスクが大幅に高まります。
現在、日本国内だけでも薬剤耐性菌による感染症が原因で、年間8000人以上の尊い命が失われています。さらに深刻な推計では、このまま何も対策を取らない場合、2050年には世界全体で年間1000万人が死亡し、がんなどを上回り世界最大の死因になる可能性も指摘されています。
百日咳菌の電子顕微鏡写真。治療薬への耐性菌増加が指摘されている。
「かぜ」に抗菌薬は効かない! 誤解を解く重要性
薬剤耐性菌の拡大を防ぐためには、手洗いやうがいなどの感染対策を徹底することに加え、抗菌薬を正しく使用することが不可欠です。〈抗菌薬は、治療が必要な細菌感染症に対し、適切な種類を、適切な量と期間で使うべき薬〉であるという知識を、患者側も持つことが求められます。
AMR対策を主導するAMR臨床リファレンスセンターの2024年調査によると、「抗菌薬はかぜに効く」と誤解している人が39%、さらに「わからない」と答えた人が35%もいました。残念ながら、多くの人が抗菌薬について正しく理解できていない現状が明らかになっています。
この記事を読んでいる方の中にも、「抗菌薬はかぜに効く」と信じている方や、医師から処方されて服用した経験がある方が少なからずいらっしゃるかもしれません。
しかし、かぜの原因はほとんどがウイルスです。抗菌薬は「細菌」に効く薬であり、ウイルスと細菌では仕組みが異なるため、抗菌薬を使ってもかぜそのものを治療することはできません。かぜに対して抗菌薬を飲むことは無意味なのです。
AMR臨床リファレンスセンターの佐々木秀悟医師は、この点について次のように説明しています。
「熱の有無に関わらず、鼻水、喉の痛み、咳といった症状がいずれも程度の差はあれ存在する疾患をかぜと呼びます。かぜでは鼻や喉の粘膜、および気管支などに炎症が起きていますが、その原因のほとんどはウイルスです。一方、抗菌薬は細菌を殺したり、増殖を抑えたりする“細菌に効く治療薬”であり、ウイルスが原因のかぜには効果がありません。医師はかぜと診断すると、喉が痛い方には鎮痛剤、咳がひどい方にはせき止めなど、“症状を緩和する薬”を処方します。辛い症状を抑えることで患者さんの苦痛をやわらげ、体を休息させる。そうして自身の免疫で自然に治るのを待つことが、かぜの治療なのです」
かつては、かぜで医療機関にかかると、抗菌薬が当たり前のように処方される時代もありました。佐々木医師によると、当時は医師の間でも薬剤耐性菌の認識があまりなく、かぜであっても感染症の治療薬として抗菌薬を処方するのが一般的だったといいます。
「AMR臨床リファレンスセンターでは、医療従事者向けの教育や啓発活動を行っており、教育機関での感染症教育も浸透していると感じています。実際、かぜに抗菌薬を処方する医師の割合は減少傾向にあるという調査結果も出ています。とはいえ、まだ道半ばであり、今なお処方されるケースも存在します。そのような医師の方々にどうアプローチしていくかは、私たちの今後の課題だと受け止めています」(佐々木秀悟医師)
まとめ
薬剤耐性菌(AMR)は、現在の医療を脅かす深刻な問題であり、適切な対策を取らなければ未来の世代に計り知れない影響を与える可能性があります。この脅威に対抗するためには、私たち一人ひとりが薬剤耐性菌と抗菌薬について正しく理解し、必要な時だけ、そして医師の指示通りに抗菌薬を使用することが非常に重要です。特に、「かぜに抗菌薬は効かない」という事実を広く認識し、不適切な使用を避けることが、薬剤耐性菌の拡大を防ぎ、医療の未来を守るための第一歩となります。
参照元:
AMR臨床リファレンスセンター 他