大川原化工機事件:国・東京都が上告断念、捜査の違法性確定

横浜市に本社を置く中小企業「大川原化工機」が製造する、液体を粉体に加工する「噴霧乾燥機」を巡る事件は、異例の経過をたどった冤罪事件として注目されています。警視庁公安部がこの噴霧乾燥機が中国や韓国に輸出されていることを受け、軍事転用の疑いがあるとして、外国為替および外国貿易法違反の容疑で代表取締役の大川原正明氏ら3人を逮捕したのが発端です。東京地検は2020年3月に一度は起訴しましたが、翌年7月には公訴を取り消すという事態に発展しました。

冤罪事件の経緯と国家賠償訴訟

一般になじみの薄い粉体ですが、カップラーメンの粉末スープやインスタントコーヒー、抗生物質など、私たちの身近な製品に広く使われています。警視庁公安部は、同社の噴霧乾燥機が生物化学兵器製造に転用される可能性を推測し、捜査を開始しました。この捜査に基づく逮捕、起訴が行われたものの、最終的には公訴が取り消され、事件は終結しました。この過程で、逮捕・勾留中にがんで亡くなった方もいました。

この事態を受けて、代表取締役と役員、そして逮捕・勾留中に亡くなった方の遺族が、国と東京都(警視庁を管轄)を相手に国家賠償訴訟を提起しました。訴訟では、警視庁公安部による捜査、逮捕、取り調べ、ならびに検察官による勾留請求および公訴提起の一連の手続きの適法性が争点となりました。

裁判所の判断:捜査・逮捕・起訴の「違法性」認定

2023年12月、東京地裁での第一審判決は、警視庁公安部の捜査およびそれに続く手続きが違法であると認定し、国と東京都に対し賠償金の支払いを命じました。国と東京都はこの判決を不服として控訴しましたが、2025年5月の東京高裁での第二審判決も、地裁判断を支持し、再び捜査等の違法性を認定して賠償を命じる判断を示しました。

NHKスペシャルが報じた、大川原化工機事件における警視庁公安部の捜査(イメージ)NHKスペシャルが報じた、大川原化工機事件における警視庁公安部の捜査(イメージ)

国・東京都の上告断念と判決確定

東京高裁の判決に対し、国と東京都は最高裁へ上告するかどうかの判断を迫られました。そして、上告期限である2024年6月11日、両者は上告を断念することを表明しました。この上告断念により、東京高裁の判決が確定し、警視庁公安部による大川原化工機への捜査、逮捕、取り調べ、そして検察官による勾留請求および公訴提起の一連の手続きが「違法であった」という司法の判断が最終的に確定したことになります。これは、捜査当局による行為の違法性が裁判で認定され、それが覆されることなく確定した、極めて重い意味を持つ結果です。

メディアの追及と過去の事件との関連性

この冤罪事件の深層に迫った報道も、この問題の顕在化に大きな役割を果たしました。NHKスペシャルは、国と東京都が上告の判断を下す直前の2024年1月、「“冤罪”の深層〜警視庁公安部・内部音声の衝撃〜」と題する番組を放送し、捜査会議の内部音声をスクープしました。この報道が、国と東京都の上告断念の判断に影響を与えた可能性も指摘されています。NHKは判決確定を受け、改めて関連番組を再放送するなど、調査報道の姿勢を示しました。

また、毎日新聞社の遠藤浩二記者は著書『追跡 公安捜査』(毎日新聞出版)の中で、この大川原化工機事件を深く追跡しています。遠藤記者は、この事件における警視庁公安部の捜査手法が、過去の未解決事件である「警察庁長官狙撃事件」(1995年3月発生)の捜査と共通性がある可能性を指摘しており、公安捜査のあり方自体に問題を提起しています。当初、各新聞社の報道は小さかったこの事件が、「冤罪」という視点から深く追究されるようになった背景には、こうしたメディアの粘り強い取材がありました。

この大川原化工機事件における国家賠償訴訟の確定判決は、日本の捜査機関による手続きの適法性、そして冤罪防止という観点から、今後も深く議論されるべき重要な事例と言えるでしょう。