東京大学文学部を卒業後、年収230万円の地下街警備員という異色のキャリアを歩んだ齋藤洋介さん（インタビュー当時49歳）。学生時代には大学当局と対峙した経験も持つ彼の人生を追ったノンフィクションライター、池田渓氏の著書『東大なんか入らなきゃよかった』は、エリートコースから外れた人々の姿を描き出し、大きな反響を呼んだ。この度、単行本に大幅な加筆・増補を経て文庫版が出版され、再び注目を集めている。以前のインタビュー（全3回のうち今回は3回目にあたる）から5年の時を経て、齋藤さんの「現在」に迫る。
スケッチブックが積み上げられた部屋
齋藤洋介さんが現在暮らしているのは、6畳ほどのワンルームマンションだ。その部屋の床には、無数のスケッチブックが文字通り「山脈」のように積み上げられている。壁一面に設置されたカラーボックスの中も同様で、スケッチブックと書籍がぎっしりと詰まっている。目に見える範囲だけでも100冊は優に超えるその光景は、数日前に筆者が映画館で鑑賞したアニメ作品『ルックバック』の一場面を彷彿とさせた。同作では、漫画家を志しひたすら絵の練習に励む少女の部屋にも、同様にスケッチブックが積み上げられていたからだ。
東大卒 斎藤洋介氏のワンルーム。壁際に積み上げられた大量のスケッチブック
5年前と変わらない風貌
久しぶりに再会した齋藤さんの外見は、5年前とほとんど変わっていないように見える。これは、彼の生活スタイルの影響が大きいかもしれない。室内での活動が多いインドアな生活は、紫外線を浴びる機会が少なくなるため、肌の老化が進みにくい傾向がある。出版関係者には、実年齢よりも若く見られる人が少なくないが、筆者自身も初対面の人からは10歳ほど若く見られることがよくある。こうした例は、ライフスタイルが外見に及ぼす影響を示唆していると言えるだろう。
絵を描き続ける日課とその意味
机の上に置かれたスケッチブックを開くと、そこには動植物の緻密なスケッチがびっしりと描かれていた。その多くは図鑑から模写したものであり、彼の「日課」として、画力を維持するために続けられている「落書き」だという。
「1日絵を描かないだけで、線がふにゃふにゃになるからね。1日サボると元の線が引けるようになるのに数日かかるから、毎日、何かしらは描くようにしているんだよ」と齋藤さんは語る。これは、スポーツ選手が日々トレーニングを欠かさないのと同様、技術を維持・向上させるための弛まぬ努力に他ならない。
筆者がスケッチの内容について尋ねると、彼は特定の植物の名前を挙げた。「メヒルギって知ってる？ オヒルギとどう違うかわかる？」と問いかけるその姿からは、描く対象への深い関心と、細部への探求心がうかがえる。東大という知的バックグラウンドを持ちながら、社会的な成功とは異なる場所で、ひたすら自らの興味と技術を磨き続ける齋藤さんの現在の生活は、現代社会における多様な生き方の一つの側面を静かに示している。
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