激辛挑戦に潜む人間の性──なぜ私たちは「無用な辛さ」に挑み、後悔するのか

人生には様々な挑戦があるが、時には「そこまでしなくても」と思えるような挑戦に駆られることがある。特に食の分野、中でも「激辛」は、多くの人がその限界を試したくなる対象の一つだ。ネットニュース編集者である中川淳一郎氏は、自身も度々激辛への無用な挑戦を繰り返し、その度に後悔してきた経験を持つ。なぜ人は懲りずにこのような「無用な挑戦」をしてしまうのか。そして、迎える店側はそんな客をどのように見ているのだろうか。中川氏自身の体験を振り返りながら、この興味深い人間の心理と、店と客の間に生まれる見えない駆け引きについて考察する。

「無用な挑戦」としての激辛の魅力と代償

飲食店でメニューに「1辛~5辛:無料、6辛50円追加、以降10辛まで10円ずつ追加」などと書かれているのを見ると、思わず「よし、挑戦だ!当然10辛だ!」と意気込んでしまう。しかし、その高揚感は一口目を口にするまでで、毎度のように「やってしまった…」と呆然とするほどの辛さに直面することになる。

カレーチェーンのCoCo壱番屋で10辛を注文した際、筆者はまずその粘度の高さに驚愕した。本来茶色いはずのカレーが黒っぽく変色しているのを見て怖気づいたが、食べてみると想像を絶する悶絶の辛さで、「ヒャー!」と叫びながら食べ続けるという生まれて初めての経験をした。完食した後も舌のヒリヒリは続き、翌朝には胃腸からの刺激にも苦しめられることになる。「2辛」程度で満足しておけばよかったと後悔するものの、その時の「挑戦したい」という気持ち自体は、ある種の自己肯定感とともに理解できるという。

グリコのレトルトカレー「LEE」には、5倍、10倍、20倍、30倍の辛さがある。かつて「辛さ増強ソース」として10倍辛くなる小袋が付いていた頃、30倍のLEEにその増強ソースを7個も加えて「100倍だ、オラ!」と挑戦したこともあったという。それが本当に美味しいのかどうかはさておき、「100倍にした」という事実だけで満足感を得ていたのだ。味覚よりも「達成」そのものに価値を見出す心理がそこには働いている。

過激な辛さの料理とスパイスのイメージ。調子に乗って辛くしすぎることへの警鐘を示唆過激な辛さの料理とスパイスのイメージ。調子に乗って辛くしすぎることへの警鐘を示唆

客とお店の間に生まれる「辛さ対決」の構造

最近の経験では、佐賀県唐津市にある混ぜそば屋「麺屋なら」で10辛に挑戦したが、これは意外にも余裕で食べきれた。次に訪れた際、店長に「10辛、余裕でしたよ!その上はあるんですか?」と尋ねると、「12辛までありますよー」という返事。そこで意気揚々と12辛に挑んだ結果、あまりの辛さに半分ほどしか食べられず、残りは自宅に持ち帰ってビールのつまみとして少しずつ消費することになったという。

このような激辛をウリにする店は、辛さの上限を設定しつつも、「これくらい大したことない」と辛さを甘く見る客に対して、「この野郎、ウチをなめるな!」とばかりに、その店なりの「報復」を用意しているのではないか、と筆者は推測する。先のまぜソバ屋の場合、恐らく11辛は「20辛」程度、そして店が設定した上限の12辛は、客への「お灸」として文字通り桁違いの「50辛」のような設定になっていたのではないかと分析している。店側からすれば、辛さを馬鹿にする客には一発で懲りてもらうべく、途方もない辛さのレベルを突然用意しているのかもしれない。客の「挑戦」に対し、店もまた「受けて立つ」という、一種の心理戦がそこには存在するのである。

激辛の酸辣湯麺とチャーハンを前に立ちすくむ人物。筆者の若き日の「辛さへの挑戦」が生んだ苦悶の瞬間激辛の酸辣湯麺とチャーハンを前に立ちすくむ人物。筆者の若き日の「辛さへの挑戦」が生んだ苦悶の瞬間

無用な挑戦が引き起こす後悔と、それでも挑んでしまう人間の性

激辛への挑戦は、一時的な高揚感や「やってやった」という達成感をもたらすが、その代償は時に大きい。口内の痛み、胃腸への負担、そして何よりも「なぜこんな無駄なことをしたのだろう」という後悔の念である。それでもなお、多くの人が「挑戦」の文字や、一段上のレベルがあると知ると、つい手を出してしまう。これは、自身の限界を試したいという本能的な欲求や、他者との比較による競争心、あるいは単なる好奇心など、様々な要因が絡み合った人間の性と言えるだろう。そして、そのような客の心理を見越して、店側が「挑戦者」へのカウンターを用意している可能性も考えると、激辛を巡る飲食店での体験は、単なる食事を超えた、人間心理と商売戦略が交錯する興味深い社会現象として捉えることができるのかもしれない。

[出典]
https://news.yahoo.co.jp/articles/73d84752530b9f7152e15df08f4cac1277825549