イスラエル・イランが停戦合意:戦争終息の背景とイランの苦境

米国のトランプ大統領は6月23日、交戦を続けるイスラエルとイランが停戦に合意したと発表しました。石油の大動脈であるホルムズ海峡の封鎖まで取りざたされたこの戦争は、最終的にメンツを辛うじて保ったイランの一人負けという形で終息に向かう見通しとなりました。この「茶番劇」とも形容される事態の背景には、トランプ氏、イスラエルのネタニヤフ首相、そしてイラン最高指導者ハメネイ師、それぞれの思惑が複雑に絡み合っていました。

イスラエルとイランの軍事衝突、その後の停戦に関するイメージイスラエルとイランの軍事衝突、その後の停戦に関するイメージ

戦争の推移とイスラエルの攻勢

戦況は極めて目まぐるしく展開しました。6月13日にイスラエル軍がイランへの攻撃を開始した後、イランもこれに応酬し、弾道ミサイルでイスラエルに反撃しました。千キロ以上離れた距離にある軍事大国同士が、空爆と弾道ミサイルによる直接的な交戦を行ったのです。この期間中、イスラエルはイラン上空の制空権を完全に掌握し、特にナタンズ、イスファハン、フォルドウの3つの主要な核関連施設を標的に攻撃を行いました。イスラエルはこれらの核施設や軍事基地への攻撃に加え、モハマド・バケリ参謀総長を含む軍指導者層や著名な核科学者たちの住宅を狙い、数十人に上るイラン側の重要人物を殺害したとされています。これにより、イラン側の指揮命令系統は深刻なダメージを受け、寸断されました。さらに、イスラエルの情報機関モサドは、イラン軍幹部らの携帯電話に直接連絡を取り、「お前はもうすぐ殺される」と脅迫するなど、心理的な恐怖を煽る作戦も展開しました。

イランの抑止戦略の機能不全

イランがこれまで頼りとしてきた防空および抑止戦略は、主に二つの柱から成り立っていました。第一に、3000発とも言われる膨大な数の弾道ミサイルの保有です。第二に、中東各地でイランが支援する傘下の武装組織の連携です。しかし、今回のイスラエルとの衝突でイランが発射した430発以上の弾道ミサイルのうち、テルアビブ市街など一部に着弾したものはあったものの、その大半はイスラエルの高度な防空システム「アイアンドーム」によって迎撃、撃墜されました。弾道ミサイルによる抑止力は限定的だったと言えます。また、傘下の武装組織も、昨年来のイスラエル軍による大規模かつ継続的な攻撃によって、一気に弱体化していました。特に、イスラエルと国境を接するレバノンの親イラン組織ヒズボラは、カリスマ的指導者だったナスララ師が暗殺されるなど、壊滅的な打撃を被りました。昨年12月には、イランの重要な盟友であったシリアのアサド政権が崩壊したことも、イランの地域における影響力と抑止力をさらに低下させる痛手となりました。結果として、イランの誇る抑止戦略は、強大な軍事力を持つイスラエルの攻勢の前には効果的に機能しませんでした。

米国の介入とイランの苦境

膠着状態が続く中、6月22日には米国が紛争に介入しました。米軍は、特にイランのフォルドウにある核関連施設に対し、強力な14発の大型地中貫通弾(バンカーバスター)を用いた精密攻撃を行い、この施設を破壊しました。この米国の直接的な介入は、ハメネイ政権のジレンマを一層深めることになりました。もしこの状況で何ら効果的な報復措置を取らなければ、国内の支持基盤である保守強硬派からの強い反発を招き、政権の威信は失墜してしまいます。しかし、もし周辺に展開する米軍基地に対して報復攻撃を敢行すれば、米軍からのさらなる大規模な攻撃を受けることは避けられません。これは、1979年のシーア派革命以来続いてきたイランの「体制そのものの転換」という、政権にとって最も避けたい危機に直面しかねない事態でした。

結論

今回のイスラエルとイラン間の軍事衝突とその後の停戦は、米国の仲介によって実現しましたが、その過程でイランは軍事的な選択肢の限界を露呈し、体制崩壊の危機に直面しました。弾道ミサイルと代理勢力による抑止戦略はイスラエルの軍事力と米国からの攻撃の前には通用せず、最終的には面子を保つための限定的な行動に留まらざるを得ませんでした。これは、イランが中東地域における戦略的な地位を一部失ったことを示唆しており、今後の地域情勢にも影響を与える可能性があります。