がん検診の「落とし穴」 現役医師が語る知られざるリスクと偽陽性の現実

早期発見が重要とされる「癌」。そのために定期的な検診が推奨されています。しかし、現役医師である里見清一氏は、時として検診が単に「無駄」になるだけでなく、受ける人に「害」を及ぼす可能性すらあると指摘しています。一体なぜ、このような側面が存在するのでしょうか。里見氏の新著『患者と目を合わせない医者たち』から一部を抜粋し、がん検診に隠された仕組みとリスクに迫ります。

がん検診による早期発見・早期治療は、予後を改善し、高額な治療薬を避けられる可能性を高めるため、費用対効果の面でもメリットが大きいとされます。しかし、すべての検診が、またすべての人が無条件に受けるべきものではありません。検診にはそれぞれ推奨される対象や年齢があります。

例えば、乳癌検診におけるマンモグラフィについては、米国予防医学作業部会(USPSTF)が最近、開始年齢を従来の50歳から40歳に引き下げる勧告の草案を発表しました。これは、データ解析に基づき、40代での検診が乳癌による死亡リスクを約25%減らせると算出されたためです。

一方で、アメリカのダートマスがんセンターのウォロシン博士らはこの決定に対し異論を唱えています。40代の乳癌の発生率自体が相対的に低いため、「25%のリスク削減」と言っても、これは「向こう10年間に乳癌で死亡する絶対リスクが0.3%から0.2%に減る」というレベルに過ぎず、検診に伴うマイナス面に見合う効果ではない、と指摘しているのです。ちなみに、日本では40代の乳癌患者の発生率が高いため、日本乳癌学会は2013年から40歳以上のマンモグラフィ検診を推奨しています。このように、同じ検診でも国や団体によって推奨が異なる場合があるのは、データの解釈や優先順位の違いによるものです。

病院で薬を処方される際には副作用の説明を受けるのが一般的ですが、がん検診を受ける際に「マイナス面」について詳しく説明を受けた経験がある人は少ないかもしれません。これは、病院を受診する人が「患者」であるのに対し、検診を受けに来る人は「お客さん」という違いに起因する可能性があります。医療者は患者に対しては時に厳しいことも言えますが、「お客さん」に対しては気分を害するようなことは言わない傾向があるためです。

では、具体的にがん検診にはどのようなマイナス面があるのでしょうか。

知っておくべき検診のデメリット

第一に挙げられるのは、放射線被曝です。マンモグラフィは胸部レントゲンよりも線量が多いですが、一般的にこのリスクはそれほど大きいとは考えられていません。

より重要なマイナス面として無視できないのが、「偽陽性(ぎようせい)」のリスクです。これは、実際には癌がないにもかかわらず、検査結果が「陽性」(癌の疑いあり)と出てしまうことを指します。

がん検査の結果を見る医療従事者たち。がん検診の落とし穴について解説する記事。がん検査の結果を見る医療従事者たち。がん検診の落とし穴について解説する記事。

偽陽性が出ると、診断を確定するために精密検査が必要になります。不要な検査を受けることによる身体的・精神的な負担や、時間・費用のロスが生じます。さらに、偽陽性や早期すぎる発見(過剰診断)が、本来治療の必要がなかったり、進行がきわめて遅かったりする癌に対して、不必要な治療(手術、放射線療法、化学療法など)を招いてしまう可能性も指摘されています。これが、検診が「害」を及ぼすことがあるという里見氏の指摘の根拠の一つです。

偽陽性の確率を理解する:感度と特異度

偽陽性が発生するのは、どんな検査にも限界があるからです。検査の精度を表す指標に「感度」と「特異度」があります。

  • 感度: 病気がある人のうち、正しく「陽性」と判定できる確率。感度が高いほど、病気を見逃しにくい。
  • 特異度: 病気がない人のうち、正しく「陰性」と判定できる確率。特異度が高いほど、病気でない人を間違って「陽性」と判定しにくい(偽陽性が少ない)。

感度90%、特異度95%の検査があると仮定しましょう。里見氏が生物統計の教えを受けた故・大橋靖雄先生が出された例に、「この感度・特異度で、胃癌検診で陽性に出てもあまり慌てないが、不倫中の彼女の妊娠検査をして陽性に出たら真っ青になる」という話があります。同じ「陽性」という結果なのに、なぜこのように反応が違うのでしょうか。

この違いは、検査を受ける集団における「病気(ここでは胃癌や妊娠)」の発生率(有病率)が大きく異なるためです。胃癌検診を受ける集団全体の中で実際に胃癌が見つかる人の割合は非常に低いですが、不倫中の彼女が妊娠している確率は(状況にもよりますが)胃癌の発生率よりもはるかに高い可能性があります。有病率が低い集団で感度・特異度が100%でない検査を行うと、病気がない多くの人の中から少数の偽陽性が出るだけで、陽性となった人のうち本当に病気である人の割合(陽性的中度)が低くなる傾向があります。

結論:メリットとデメリットを知った上での選択

がん検診は多くの癌で早期発見に繋がり、救命効果があることが証明されています。しかし、全ての検診が完璧ではなく、放射線被曝や特に偽陽性、そしてそれに続く過剰診断のリスクといったマイナス面が存在することも事実です。これらのデメリットは、検診の対象となる病気の発生率や検査の精度によって異なり、また受ける人の年齢や健康状態によっても、メリットとデメリットのバランスは変化します。

がん検診を受ける際は、単に「早期発見できる良いもの」とだけ捉えるのではなく、その限界やリスクについても理解し、自身の健康状態や家族歴なども考慮に入れて、医師とよく相談した上で選択することが重要です。里見医師の指摘は、がん検診を受ける「お客さん」ではなく、「患者」として、自身の健康に対する情報を主体的に得て判断することの必要性を改めて示唆しています。

参考資料

  • 里見清一『患者と目を合わせない医者たち』(新潮社)
  • Yahoo!ニュース / 文春オンライン 2025年6月28日掲載記事