「カバンの中にはペイントでなく爆弾が入っていた」。これは、テレグラムのある求人掲示を見て警察署前での「自爆テロ犯」になりかけたウクライナの青年オレフさん(19)の言葉です。2024年6月30日付の英国ガーディアン紙によると、オレフさんは「リウネ郊外の整備場でペイントの入ったカバンを受け取り、警察署前で撒くだけ」という内容の掲示を見つけ、報酬1000ドル(約14万3000円)に惹かれました。不審に思った警察官が彼のカバンを調べたところ、カメラ付きの遠隔起爆用電話機が発見され、オレフさんはその場で逮捕されました。
ウクライナ保安庁(SBU)は、このようなウクライナの青少年による事件が相次いでいる背景に、ロシア連邦保安局(FSB)によるスパイ・テロ工作があると指摘しています。FSBがテレグラムやWhatsAppなどのメッセージアプリを通じ、ウクライナの青少年に短期間で高額な収益(約100~1000ドル)を提示し、機密施設の撮影や放火、爆弾設置などを指示しているというのです。
実際、SBUによれば、過去1年間にスパイ、放火、テロなどの容疑で逮捕された約700人のうち、約175人(25%)が未成年者でした。中には11歳の少女も含まれていたとフィナンシャル・タイムズ(FT)紙は伝えています。2月にはドニプロの軍事基地付近で、携帯電話に軍事施設の座標と写真が見つかった16歳くらいの少年が軍関係者に逮捕される事件がありました。3月にはイヴァーノ=フランキーウシクの汽車駅で、15歳と17歳の少年が爆弾を運搬中に1人が死亡する事故も発生しています。SBUのアルテム・デフチャレンコ報道官はFT紙に対し、「一部の青少年は自身がスパイ行為をしているとさえ認識していないまま行動している」「未成年者は自身の行動の結果を予測できないため特に脆弱だ」と懸念を示しました。現地では「ウクライナがロシアのハイブリッド戦争の実験場になっている」「ウクライナ人を自爆テロ犯として使い始めた」といった声も上がっています。ウクライナ当局は青少年保護のため、学校教育や警告動画、メッセージ、広告看板などを用いた大規模なキャンペーンを展開し、「無料のチーズはネズミ捕りの罠だけにある」といった警告メッセージを伝えています。
ウクライナ、イヴァーノ=フランキーウシク駅での爆弾テロ計画に関与した未成年者の監視映像
一方で、戦線でもロシアによるウクライナへの圧力が激しさを増しています。ウクライナ空軍は6月29日、ロシアが無人機・有人機477機とミサイル60発を動員した、過去最大規模の夜間空襲を敢行したと発表しました。攻撃対象はキーウ、ポルタヴァ、ハルキウ、ヘルソンなどウクライナ全域に及びました。
ウクライナ空軍のユーリ・イフナト報道官はAP通信に対し、「2022年2月の全面侵攻以降、最大の空襲だ」と述べています。隣国のポーランド空軍が自国領空防衛のために戦闘機を緊急発進させるほどの大規模な作戦でした。この空襲で、ウクライナのF-16パイロット3人が死亡したと伝えられています。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は同日、自身のX(旧ツイッター)で「ロシアは能力がある限り攻撃を止めないだろう」と述べ、米国に追加の防空システム支援を改めて訴えました。ドイツのヨハン・ワデフル外相も6月30日、「ウラジーミル・プーチン(ロシア大統領)はウクライナ全域を支配し、欧州に恐怖を広めようとしている」「交渉の意思は表面的なものにすぎない」と警告したとdpa通信が報じています。
一方、ロシア側は米国の対ロシア制裁法案を批判しています。クレムリン宮のドミトリー・ペスコフ報道官は同日の会見で、リンゼー・グラム米上院議員が提出した対ロシア制裁法案について、「ウクライナの平和に全く役立たないだろう」と批判したとタス通信が伝えました。グラム議員はロシア産エネルギー輸出国に対し500%の関税を課す法案を推進しており、ドナルド・トランプ前大統領もこの法案通過を支持する意向を示していると最近米ABC放送が報じています。
ウクライナでは、ロシアによる未成年者を利用したテロ工作の疑惑と、過去最大規模とされる空爆の発生により、事態はさらに緊迫の度合いを増しています。