コメ価格高騰と水田政策の裏側:元農水大臣が語る政府方針への異論

近年、日本のコメ価格が高騰し、「令和の米騒動」とも称される状況が社会的な関心を集めている。猛暑による不作、農業従事者の高齢化に伴う労働力不足、そして長年にわたる減反政策による供給量の減少など、さまざまな要因がこの問題の背景にあると指摘されている。こうした中で、政府が進める新たな農業政策、特に水田の活用に関する方針変更が議論を呼んでいる。食料安全保障や農業の持続可能性が問われる中、元農林水産大臣の山田正彦氏は、政府の政策決定過程とその意図について、自身の著書『歪められる食の安全』(角川新書)の中で鋭く切り込んでいる。この記事では、山田氏が明かす水田政策の見直しの裏側と、それが日本の農業に及ぼす可能性のある影響について詳述する。

水田活用の直接支払交付金見直しの衝撃

農林水産省は、2022年度から「水田活用の直接支払交付金」の見直しと交付対象の厳格化を突如として発表した。この交付金制度は、主食用米以外の麦や大豆、飼料用米などの戦略作物を水田で生産する農業者に対し、「戦略作物助成金」として支払われてきたものだ。制度の名称は「水田活用」となっているが、その実態は主食用米の生産を減らし、他の作物への転換を促すための政策的支援であった。具体的には、水田10アールあたりで麦や大豆を生産すれば3万5000円、加工用米で2万円、飼料用米では収量に応じて5万5000円から10万5000円が交付されてきた(1アールは10m×10m)。今回の見直しで示された方針は、2022年度からの5年間で一度も水稲を作付けしない農地に対しては、2027年度から交付金を打ち切るというものである。

農水省の説明と隠された意図

農林水産省は、この方針変更について、麦や大豆、野菜など、定着性と収益性が高く、主食用米とは対照的に需要がある作物への転換をさらに推進するためだと説明している。しかし、山田氏はこれとは異なる見方を示している。山田氏によれば、今回の交付金見直しの本当の理由は別のところにあるという。実は、財務省が2016年の予算執行調査の結果に基づき、米の生産ができない農地だけでなく、米以外の作物の生産が継続している農地も交付対象から外すべきだと要求していた経緯がある。その後のコロナ禍を経て、米からの転作がさらに進めば、現状の制度下では交付金の総額が膨らみ続け、国の財政を圧迫する懸念が生じる。このため、財務省が「水田を利活用するという当初の目的は達成された」という理由を付けて、交付金の削減を要求したのではないかと山田氏は推測している。水田活用の直接支払交付金があるからこそ、農業を続けられている農家は少なくないのが現実だ。

水田で育つ稲穂のクローズアップ。日本の米作りの現状と関連政策を示すイメージ。水田で育つ稲穂のクローズアップ。日本の米作りの現状と関連政策を示すイメージ。

長年の政策誘導とその矛盾

さらに重要なのは、国が半世紀ほど前から減反政策を実施し、コメ農家に対して水田の畑地化や野菜作りへの転換を誘導してきたという歴史的事実である。この政策の結果、水稲の作付面積は50年前の約半分にまで減少し(図1)、収穫量も継続的に減少してきた(図2)。そして、減反政策が2017年度に終了した後も、国は地域ごとに「水田フル活用ビジョン」を策定し、当時は米の需要減少が続いていたことから、市場ニーズの高い他の作物生産への切り替えを奨励してきた。その際の強力な後押しとなったのが、まさにこの水田活用の直接支払交付金だったのだ。政府は長年にわたり、農家に対して主食用米から他の作物への転換を促し、そのための支援金を出してきた。しかし、今になって過去5年間に一度も水稲を作付けしなかった農地への支援を打ち切るという方針は、これまでの政策誘導と明らかに矛盾している。これは、政府自身の政策によって米以外の作物生産に転換した農家に対し、梯子を外すに等しい行為であり、多くの農家を困窮させる可能性がある。コメ価格高騰が懸念される現状において、主食用米の生産基盤をさらに弱体化させかねない今回の水田政策の見直しは、食料安全保障の観点からも大きな問題を提起している。

まとめ

元農林水産大臣である山田正彦氏の分析は、コメ価格高騰の背景にある日本の農業政策、特に水田活用の直接支払交付金の見直しが、表向きの説明とは異なる財務省からの財政的圧力によって進められている可能性を示唆している。国が過去に行った政策誘導によって他の作物へ転換した農家が、今回の見直しで逆に支援を打ち切られるという矛盾は、日本の農業の将来に不安を投げかける。食料自給率の向上や農家の経営安定が喫緊の課題である中、政府の政策決定プロセスには、より透明性と現場の実態に即した配慮が求められている。


参考文献:
山田正彦『歪められる食の安全』(角川新書)
Yahoo!ニュース (文春オンライン) – 〈「消費者が誤解している制度」「食の安全の面から見ると欠陥だらけ」元農水大臣が明かす“食品表示ルール変更”の裏側〉から続く記事