映画『国宝』大ヒット:寺島しのぶが梨園の母役で体現する歌舞伎界の矛盾と葛藤

2024年の実写邦画界に新たな金字塔を打ち立てた映画『国宝』が、公開からわずか24日で観客動員231万人、興行収入32億円を超える大ヒットを記録し、社会現象と呼べるほどの注目を集めています。この話題作で、歌舞伎界の血筋としきたりを重んじる梨園の母・幸子を熱演し、観客を深く引き込んでいるのが女優の寺島しのぶ(52)です。彼女のキャスティングは、単なる役どころを超え、歌舞伎界が抱える「血筋か才能か」という長年の矛盾と、寺島自身の歌舞伎への複雑な思いを色濃く反映していると、各方面から絶賛されています。

映画『国宝』で血筋を重んじる梨園の母・幸子を演じる寺島しのぶ映画『国宝』で血筋を重んじる梨園の母・幸子を演じる寺島しのぶ

映画『国宝』、異例の大ヒットとその背景

東宝が配給する映画『国宝』は、歌舞伎の名門に生まれた跡取り息子・俊介(横浜流星)と、才に恵まれながらも血筋がない部屋子・喜久雄(吉沢亮)の間に巻き起こる葛藤を描いています。作中での「冗談やろ。喜久雄は部屋子やで。俊ぼんが筋やろ!」「名前があるかで、何もかも違ってくんねん!」といった台詞は、歌舞伎界の厳しさを物語っています。本作は2024年公開の実写邦画で堂々の第1位の成績を収め、その興行的な成功は目覚ましいものがあります。

しかし、この歌舞伎をテーマとした映画が、歌舞伎界の総本山である松竹からほとんど協力を得ずに制作されたという点は特筆すべきです。映画ライターによると、配給が東宝になったのは李相日監督と東宝の長年の縁によるものですが、松竹は制作にほとんど関与していません。これは、歌舞伎の意義や世襲主義に深く切り込む同作が、松竹にとっては批判とも紙一重の題材であったためと見られています。こうした背景があるにも関わらず、作品がこれほどまでに観客の心を掴んだのは、そのテーマの普遍性と、役者たちの演技力の賜物と言えるでしょう。

寺島しのぶの「本物すぎる」キャスティングの妙

『国宝』のヒットを支える大きな要因の一つが、寺島しのぶの「本物すぎる」キャスティングです。彼女は七代目尾上菊五郎の長女であり、息子である眞秀くん(12)もすでに歌舞伎の舞台を踏んでいる、まさに「梨園の血」を引く女優です。映画関係者からは、「彼女のふるまいが、一気に作品を現実と地続きにした。天才的な配役だった」と評価されています。寺島が演じる幸子が、血筋を何よりも重んじ、才能ある部屋子・喜久雄に息子の地位が脅かされることに苦悩する姿は、彼女自身の人生と深くリンクしているため、観る者に圧倒的な説得力をもって迫ります。

この役柄には、さらに奥深い「妙」があります。女性であるために歌舞伎俳優にはなれなかった寺島自身は、才能はあっても「血」に恵まれなかった喜久雄の立場に近いと言えます。しかし、銀幕の中では、彼女が血筋を優先し、喜久雄の「才」に歯噛みするという、現実とは逆転した現象が起きています。歌舞伎ライターは、「血か才か、という歌舞伎界の矛盾を体現するような巧妙な配役に、歌舞伎ファンがとにかく唸っている」と語り、寺島しのぶの演技が、歌舞伎界の伝統的な世襲制度と、現代における才能評価の葛藤という普遍的なテーマを浮き彫りにしていると指摘しています。

寺島しのぶが語る歌舞伎界との「恩讐」

寺島しのぶと歌舞伎界、特に松竹との関係は、長年にわたる「恩讐」の歴史を秘めています。名家の第1子として「夢は歌舞伎役者」と育った彼女にとって、拍手喝采の中で初舞台を踏んだのが、11歳だった自分ではなく、6歳だった弟だったという経験は、その後の人生に大きな影を落としました。寺島は自身の著書『体内時計』で、当時の心境を「女は歌舞伎役者には絶対になれないんだ、ほんの少しの可能性もないんだ。歌舞伎への憧れは、胸の中に封印するしかなかった」と記しています。

この幼少期の経験が、寺島しのぶと歌舞伎界との間に深い溝を生み、長年にわたる複雑な関係性の始まりとなりました。今回の映画『国宝』における寺島の演技は、単に役を演じるだけでなく、彼女自身の歌舞伎に対する抑えきれない情熱と、女性という理由でその道を閉ざされた深い悲しみ、そしてそれらが intertwined した「梨園の母」としての葛藤が、スクリーンを通して観客に強く伝わってくるのです。この個人的な背景が、作品に類まれなリアリティと深みを与えています。

結論

映画『国宝』の異例の大ヒットは、単にエンターテインメント作品としての魅力だけでなく、寺島しのぶという稀有な女優の存在が大きく寄与しています。彼女が演じる梨園の母・幸子は、歌舞伎界の「血筋」と「才能」という、時代を超えて議論され続けるテーマを体現し、観客に深い問いを投げかけます。寺島しのぶ自身の歌舞伎界との複雑な関係性が、役柄に説得力と深みを与え、『国宝』を単なる映画にとどまらない、現代社会における伝統と革新の葛藤を描いた傑作へと昇華させています。この作品は、日本文化の一翼を担う歌舞伎の世界を新たな視点から見つめ直し、その奥深さと矛盾を世に問いかける、意義深いものと言えるでしょう。

参考文献