いよいよ7月18日に公開を控える「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」では、上弦の鬼たちの描写に大きな注目が集まっています。特に、予告編にも登場した上弦の陸・獪岳(かいがく)は、我妻善逸(あがつま・ぜんいつ)の兄弟子でありながら、原作コミックスでは彼を厳しく、時には悪辣なまでに虐げる人物として描かれてきました。なぜ獪岳はそこまで善逸を追い込むのか。その背景には、無限城での決定的な対決へと繋がる、深い伏線が隠されています。新刊「鬼滅月想譚:『鬼滅の刃』無限城編の宿命論」の著者である植朗子氏の分析を基に、この複雑な兄弟弟子の関係性を紐解きます。
無限城編での兄弟子・獪岳との決戦に挑む我妻善逸の姿。
善逸の“意地悪な”兄弟子?獪岳の第一印象とその背景
我妻善逸にとって、獪岳は「意地悪な」兄弟子という印象が一般的に強いでしょう。彼の登場シーンは決して多くありませんが、そのいずれもが獪岳の短気さや利己的な側面を強く示していました。例えば、雷の呼吸の訓練から逃げ出そうとする善逸に対し、食べかけの桃を投げつけながら厳しく叱責する場面。また、岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじま・ぎょうめい)のもとで過ごしていた少年時代の獪岳が犯した“過ち”も、彼の人物像に影を落としています。
しかし、これらの描写だけで獪岳を「悪辣」と断じるのは本当に正しいのでしょうか。善逸に対する彼の厳しい態度には、正当な理由が全く存在しないのでしょうか。もし獪岳に「善なる部分」が一切ないのだとしたら、彼らの師であり、元鳴柱(なりばしら)の桑島慈悟郎(くわじま・じごろう)は「人を見る目がない」と評価されてしまうことになります。実際には、この二人の関係性を深く読み解くことで、単純な善悪では片付けられない複雑な背景が浮かび上がってきます。
獪岳が示す「苛立ち」の真髄:修行への姿勢と善逸への不満
獪岳が初めて登場するシーンは、泣き虫な善逸を叱りつける場面でした。その当時の二人のやり取りを振り返ってみましょう。
獪岳「朝から晩までビービー泣いて 恥ずかしくねぇのかよ 愚図が」
善逸「でも じいちゃんは…」
獪岳「じいちゃんなんて 馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ!! 先生は“柱”だったんだ 鬼殺隊最強の称号を貰った人なんだよ」
獪岳「元柱に指南を受けられることなんて滅多に無い 先生がお前に稽古をつけてる時間は完全に無駄だ!!」
(コミックス4巻・第34話「強靭な刃」より)
このやり取りの前後には、善逸が苦しい修行に耐えかねて涙を流し、泣き叫び、時には木の上にまで逃げ出す様子が描かれています。それにもかかわらず、桑島は根気強く、何度も善逸を連れ戻し、指導を続けていました。
雷の呼吸の剣士となるべく、桑島の指導に真剣かつ真正面から向き合ってきた獪岳にとって、善逸の泣き虫で甘えた態度は、まさに腹立たしいものだったに違いありません。彼は桑島が「柱」という称号を持つ、鬼殺隊の最高位の剣士であったことを強く認識しており、その師から直接指導を受けられる機会がいかに貴重であるかを理解していました。だからこそ、善逸が修行を怠り、泣き言を言うことで、その貴重な時間が「完全に無駄になっている」と感じ、強い苛立ちを覚えたのです。獪岳の苛立ちは、彼の真剣さの裏返しであり、修行に対する彼の強い信念の表れとも言えます。
複雑な師弟関係と無限城編への布石
獪岳が善逸に見せる厳しい態度は、単なる意地悪や嫌がらせではなく、彼自身の修行への真摯な向き合い方、そして師である桑島慈悟郎への尊敬の念から生じる不満が根底にあったと分析できます。彼は、得がたい指導の機会を無駄にする善逸の姿勢を許容できなかったのです。この複雑に絡み合った感情と、過去の出来事が、劇場版「鬼滅の刃」無限城編で描かれる二人の宿命的な対決へと繋がっていく重要な伏線となります。二人の兄弟子としての関係性、そして雷の呼吸を受け継ぐ者としてのそれぞれの道筋が、無限城でどのように交錯し、どんな結末を迎えるのか。その答えが、いよいよ明らかになります。
参考文献
- 植朗子『鬼滅月想譚:『鬼滅の刃』無限城編の宿命論』朝日新聞出版
- 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』集英社
- 劇場版「鬼滅の刃」無限城編 公式HP