2020年6月13日、東京都大田区蒲田のマンションで、当時3歳だった梯稀華(かけはしのあ)ちゃんが母親による置き去りにより命を落とした事件から、まもなく5年が経過します。この悲劇的な保護責任者遺棄致死事件は、ネグレクト(育児放棄)を含む児童虐待の背景に潜む「虐待の連鎖」という深刻な問題に改めて光を当てました。判決から見えてくる事件の経緯と背景を改めて辿ります。
事件の概要と悲劇
事件が明るみに出たのは、2020年6月13日。「子どもが呼吸をしていない」という母親からの119番通報により、梯稀華ちゃんは病院に搬送されましたが、間もなく死亡が確認されました。死因は、重度の脱水症と飢餓でした。稀華ちゃんは寝室で倒れており、その扉はソファで固定され開かない状態にされていました。発見時には、飢えからか胃の中から紙が見つかり、汚れたおむつを長時間着用していたため下半身がひどくただれていたといいます。
事件現場となったマンション前に供えられたジュースとお菓子、梯稀華ちゃん遺棄致死事件から5年
警視庁のその後の捜査により、母親(当時24歳)が稀華ちゃんを自宅に8日間以上置き去りにし、当時の交際相手と会うため鹿児島県へ行っていた事実が判明しました。母親は同年7月7日、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕され、後に起訴されるに至ります。
母親の逮捕と公判で明かされた過去
2022年に始まった公判では、被告である母親が幼少期に自身が経験した壮絶な児童虐待の実態が次々と明らかになりました。包丁で刺される、風呂に沈められるといった身体的虐待だけでなく、体を縛られた上でゴミ袋に入れられ、食事を与えられずに数日間放置されるという、極めて過酷なネグレクトも受けていたことが証言されました。こうした過去の経験が、彼女の心理に深く影響を及ぼしていたことが浮き彫りになりました。
判決と「成育歴」の影響
東京地裁は2022年2月、母親に対し懲役8年の実刑判決を言い渡しました。判決の中で裁判所は、事件の背景の一つとして母親の「成育歴」を挙げ、虐待を受けながらも適切なケアを受けずに育った被告の性格傾向を詳細に指摘しました。
判決文では、被告が「人を信頼できない」「相手に本心を伝えられない」「相手の要求に過剰に応えようとする」といった特性を持つに至ったとされました。そして、稀華ちゃんを置き去りにした判断に、これらの性格傾向が「複雑に影響を及ぼしている」と結論付けられました。この判決は、単なる犯罪行為の是非に留まらず、虐待の連鎖が個人の心理状態や行動に与える根深い影響、そしてそれが新たな悲劇を生み出す可能性について、社会全体に警鐘を鳴らすものとなりました。
参考文献
- 朝日新聞デジタル (2025年7月15日). 「梯稀華ちゃん遺棄致死から5年 虐待連鎖の深層、判決からたどる」.
https://news.yahoo.co.jp/articles/f4711f199270e4f0ebd6f5491e39970a45839e21