2024年に新日本プロレスの社長に就任したプロレスラー、棚橋弘至氏。彼は周囲にポジティブな影響を与える話し方や、社長としての新たな視点について語る。プロレスラーとして培った経験やマイクパフォーマンスでの学びは、今の組織運営にも活かされているという。この記事では、棚橋社長が考える会社のあり方、従業員への意識の変化、そして逆境を乗り越えるための独自のメンタル術に迫る。
社長就任で見えた新たな視点
社長に就任するまで、棚橋氏は新日本プロレスの経営方針や事務方に関与することはほとんどなかった。レスラーとしては、取材や契約更改など特別な機会以外で事務所を訪れることは稀だったからだ。しかし、社長として毎日オフィスに出社するようになり、同僚である事務方の見え方が大きく変わった。
かつてはレスラーとして団体のエース、チャンピオンとして、レスラーやその家族を養う気概を持っていた。しかし社長となった今、その意識はレスラーだけでなく、オフィスで働く全ての従業員を養う責任へと明確に変化した。新日本プロレスに関わる全ての人々を自分が背負っているという自覚が生まれたのだ。
この重責は文字通り「膝がボロボロになる」ような感覚を伴うこともあるが、同時に自分一人では何もできず、周囲の支えがあってこそだと気づかされる日々でもある。大学卒業後すぐにプロレスラーとなり、スーツを着て出社し同僚と机を並べる経験は初めてだ。彼は社長であると同時に、社会人一年生としての新たな学びを得ている。
新日本プロレス社長就任後の棚橋弘至が、新戦力のウルフ・アロンと握手する様子
レスラーと事務方をつなぐ「橋渡し」
もちろんプロレスラーも立派な社会人ではあるが、棚橋氏は自身の経験を通じて、事務方の仕事や思いを積極的に学び、レスラーたちの声を当事者として事務方に伝えたいと考えている。まさに、事務方とレスラーとの「橋渡し」役だ。
年間150試合をこなす過密な連戦日程や長距離移動の過酷さは、レスラーとして十分に理解している。以前も選手として試合日程や巡業に関する改善案を会社に提案したことはあるが、それはあくまで選手目線だった。
しかし、社長として会社全体を見渡すと、やはり利益を上げるために大会数を増やしたり、連戦や長距離移動を検討せざるを得ない場合もある。レスラーだけでなく、事務方も会社のために働き、それぞれが悩みや困難を抱えていることを、社長になってから肌身で感じるようになった。
新日本プロレスにおいて、巡業チームと事務方はまさに会社の「両輪」だ。棚橋氏はその両者のクッション役、橋渡し役を積極的に担うことで、この両輪がよりうまく噛み合い、会社がさらに発展すると信じている。
逆境に負けない棚橋弘至のメンタル術
棚橋弘至氏は、落ち込むことがないという。それどころか、疲れないし、諦めもしない。彼は落ち込む時間が非常に「もったいない」と考えている。人差し指を顔の前で円を描くように一周させ、「わ〜すれろ」と唱えるという独自の「おまじない」を使うことで、たとえ一瞬落ち込んでも、すぐに平常心に戻れるのだ。
プロレスラーは不甲斐ない試合をしたり、タイトルマッチで敗れたりして落ち込むことはある。しかし、それを引きずるわけにはいかない。なぜなら、次の日の対戦相手や、その日の試合を楽しみに来ている観客には、前日の事情は関係ないからだ。
年に一度しか巡業で回ってこない地方の試合を心待ちにしているファンが見たいのは、前日の失敗を引きずって落ち込んでいるレスラーの姿ではない。100%の全力で相手に挑むレスラーの試合なのだ。この、ネガティブな気持ちを引きずらないことの重要性を、彼は自身の長い巡業生活から学んだのである。
まとめ:新社長が示すリーダーシップ
棚橋弘至氏の新日本プロレス社長としての道のりは、レスラー時代には見えなかった新たな視点と責任感に満ちている。従業員全体を支えるという意識の変化、レスラーと事務方の懸け橋となる役割、そして自身の揺るぎないポジティブな心の持ち方。これらの要素が組み合わさり、彼独自のリーダーシップスタイルを形成している。彼が見据えるのは、組織全体が一体となってさらなる高みを目指す新日本プロレスの未来だ。
参考資料
棚橋弘至 著『棚橋弘至、社長になる プレジデントエースが描く新日本プロレスの未来』(星海社新書)
[写真提供元] 共同通信社