中国EV市場の失速か?BYD販売鈍化と顕在化する過剰生産・価格競争の影

世界を牽引する電気自動車(EV)大国・中国において、最大手メーカーである比亜迪(BYD)の成長鈍化が顕著になっている。上海市内のBYD販売店では客足がまばらで閑散とした状況が見られ、その背景には同社の販売データに現れる苦戦がある。2025年6月のBYD新車販売台数は前年同月比12%増に留まり、特に中国国内販売は3カ月連続で前月を下回るなど、競争激化の波に直面している。BYDのこの勢いの陰りは、中国のEV市場全体に潜在する構造的な問題、すなわち過剰生産と価格競争の深刻化を浮き彫りにしている。

BYDの販売動向:成長の足踏み

中国のEV、ひいては新エネルギー車(NEV)市場を牽引してきたBYDの勢いにかつてのような輝きはない。2025年6月の新車販売台数は前年同月比12%増の38万2585台と報告された。内訳を見ると、海外販売台数は9万49台と好調を維持しているものの、中国国内市場ではライバルメーカーとの激しい競争により苦戦を強いられている。国内販売台数は29万2536台で、これは3カ月連続で前月の販売実績を下回る結果となった。

中国上海市内のBYD販売店で閑散とする店内風景。中国EV市場の販売不振を示す状況。中国上海市内のBYD販売店で閑散とする店内風景。中国EV市場の販売不振を示す状況。

本年1月から6月までの累計新車販売台数は前年同期比33%増の214万5954台を記録しているが、4月以降は販売台数が38万台で足踏みが続いている状態だ。BYDの年間販売台数は2023年に前年比62%増の302万台、2024年に41%増の427万台と急成長を遂げてきた経緯がある。しかし、過去2年間と比較すると、足元の販売状況は明らかに急減速している印象を拭えない。このBYDの成長鈍化は、中国自動車産業全体におけるEV市場の転換点を示唆しているとも考えられる。

中国EV市場に顕在化する「悪癖」:過剰生産と価格競争

BYDの販売減速と呼応するように、中国の新エネルギー車市場では「悪癖」とも形容される複数の問題が顕在化し始めている。その中でも特に深刻なのが、「生産過剰」とそれに伴う「過度な価格競争」の二点である。

生産能力の深刻な過剰問題

中国国内では新エネルギー車ブランドが乱立し、各メーカーが過度な設備投資を繰り返してきた結果、現在の需要をはるかに上回る生産能力を抱え込むに至っている。業界団体である中国汽車工業協会が発表した予測によると、2025年には中国国内の自動車生産能力は5000万台を突破する見込みだ。このうち新エネルギー車が3000万台を占めるとされているが、同年における新エネルギー車の販売台数予測はわずか1600万台に過ぎない。この数値に基づくと、工場が100%稼働した場合、理論上は1400万台もの新エネルギー車が在庫となる計算となり、自動車メーカーにとっての大きな課題となっている。

このような状況を受け、足元では生産能力削減に向けた動きも見られる。BYDは在庫の膨張に対応するため、2025年6月の生産台数を前年同月比1%増に抑える結果となった。ロイター通信は、BYDが中国国内の一部工場で夜勤を中止し、新たな生産ラインの増設計画を延期したと報じている。また、中国民営自動車大手の浙江吉利控股集団の李書福董事長も、2025年6月に重慶市で開催された自動車関連の国際会議の場で、「世界の自動車産業は深刻な生産能力過剰に直面しており、当社も新工場の建設中止を決めた」と発言し、現状の深刻さを訴えた。しかし、中国には依然として100を超える自動車ブランドがひしめいており、各社が足並みを揃えて生産調整を進められるかは不透明な部分も多い。

過度な価格競争の激化

生産能力の過剰は、必然的に市場での過度な価格競争へとつながっている。この競争を主導してきたのは、皮肉にもトップ企業であるBYD自身だ。2024年には「電比油低(電動車はガソリン車より安い)」というキャッチフレーズを掲げ、低価格モデルを立て続けに市場に投入することで、国内外の競合他社を揺さぶり、市場シェアを拡大してきた。しかし、このBYDが仕掛けた価格攻勢が、結果として市場全体の利益率を圧迫し、弱小メーカーの淘汰を加速させる一方で、業界全体の健全な成長を阻害する要因ともなっている。

中国EV市場は、かつての爆発的な成長期から、構造的な問題に直面する成熟期へと移行しつつある。BYDの販売減速は、単一企業の問題に留まらず、中国の自動車産業全体、ひいては世界経済におけるEV市場の新たな局面を示すものとして注目される。過剰な生産能力と激化する価格競争は、今後の市場の持続可能性に大きな影響を与えるだろう。

参考文献