世界中が固唾をのんで見守る中、ロシアとアゼルバイジャンが公然と互いを非難し合い、国際政治力学の地殻変動が起こりつつあります。この新たな対立は、ロシア中部エカテリンブルクで約50人のアゼルバイジャン人家族に対して行われた警察の強制捜査が発端となりました。
エカテリンブルク事件と相次ぐ報復
アゼルバイジャンの報道によれば、この強制捜査で一部の人々は逮捕され、拷問を受けたと訴えており、暴行によって殺害された者もいると報じられています。この事件はアゼルバイジャン国内で激しい非難を呼び、これを受けて文化行事が中止されたほか、アゼルバイジャン当局はロシア人記者を逮捕しました。その後も両国間では報復的な逮捕や関連事件が相次いで発生し、緊張が高まっています。
旅客機墜落事故と高まる亀裂
両国はこの対立が深まる直前、昨年12月に発生したアゼルバイジャン旅客機の墜落事故によって生じた亀裂を修復しようとしていたばかりでした。この事故はロシアによる誤射が原因とされていますが、ロシア側は責任を否定しており、この対応がアゼルバイジャン政府の怒りをさらに増幅させました。
アゼルバイジャン航空旅客機の墜落現場(2024年12月25日、ロシアの誤射とされる事故)
地政学的対立の核心:ザンゲズル回廊
この新たな対立は何を予兆しているのでしょうか。そして世界はなぜこの問題に関心を向けるべきなのでしょうか。米シンクタンク、ドイツ・マーシャル基金(GMF)は、最近の両国の行動について「紛争の原因が隠れていることを示唆している」と指摘しています。GMFは、この対立を、ロシアがザンゲズル回廊の構想から排除されたことを含む、両国間のより広範な地政学的対立の一部として捉えるべきだと説明しています。ザンゲズル回廊とは、中央アジアからロシア領土を迂回し、トルコを経由して直接南下する貿易ルートの構想です。この回廊の実現は、アゼルバイジャンと中央アジア諸国がロシアの経済支配から解放される道を開くと期待されています。この文脈において、アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領がロシアのウラジーミル・プーチン大統領からの電話会談の申し出を断り、その一方でウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領からの要請を受け入れたことは、象徴的な意味合いを持つ動きとして注目されます。
ナゴルノカラバフ紛争とロシアの戦略転換
この一連の出来事の背景には、2023年にアゼルバイジャン領内でアルメニア系住民が多数を占めるナゴルノカラバフを巡って発生した、アゼルバイジャンと隣国アルメニアの第二次紛争があります。1990年代の第一次紛争ではアルメニア側が勝利しましたが、この第二次紛争ではアゼルバイジャン側に軍配が上がりました。ロシアはアルメニア国内に軍事基地を置き、同国の安全を保障すると公言していたにもかかわらず、アゼルバイジャンが領土を奪還したのです。ロシアの対応の遅れはアルメニアの反感を買っただけでなく、世界中に衝撃を与えました。ところが、ロシア政府は巧みに立場を変え、アゼルバイジャンに対しザンゲズル回廊へのロシアの参加を提案しています。別の解釈によれば、ロシアがナゴルノカラバフ紛争でアゼルバイジャンの勝利を許したのは、その見返りとしてザンゲズル回廊における利益の一部を期待していたとも考えられます。つまり、その利益とは、ロシアが事実上、中央アジアの貿易ルートと旧植民地に対する支配を回復することに他なりません。
まとめ
ロシアとアゼルバイジャン間の緊張の高まりは、単なる二国間の対立に留まらず、ザンゲズル回廊を巡る地政学的駆け引きと、ロシアの旧ソ連圏における影響力回復の思惑が複雑に絡み合っていることを示唆しています。この地域の動向は、今後の国際政治力学に大きな影響を与える可能性があり、引き続き注視が必要です。