湘南「披露山庭園住宅地」で建築協定違反の疑惑浮上:高級住宅街の景観は守られるか

神奈川県逗子市の高台に位置する披露山(ひろやま)庭園住宅地は、相模湾や江の島、そして晴れた日には富士山まで望める絶景が広がる場所として知られています。松任谷由実氏や小田和正氏といった著名人や財界の大御所が豪邸を構える、まさに「日本のビバリーヒルズ」と称されるこの高級住宅街で、現在、ある建築物を巡る異変が報じられています。

披露山庭園住宅地の厳格な建築協定

披露山庭園住宅地が長年にわたりその美しい景観と高い資産価値を保ち続けている背景には、他の高級住宅街とは一線を画す厳格な「建築協定」の存在があります。この協定は、土地の区画を300坪以上とし、建物の高さは8メートル未満に制限。さらに、隣家との境界は生垣とすること、建築意匠は庭園全体の調和を考慮すること、そして家を建てる際には近隣住民に事前に説明し、同意を得ることを義務付けています。これらの厳しい制約が、この地の独特の美観と眺望を維持する上で不可欠な要素となっていました。

物議を醸す新築物件と住民の懸念

しかし、昨夏からこの平和な住宅地に波紋が広がり始めました。ある区画で始まった住宅建設を巡り、住民の間から懸念の声が上がったのです。特に注目されているのは、その建物の天井が通常の基準を超えて高く設計されている点です。隣接する住民からは、眺望が損なわれるのではないかとの不安が表明されています。この物議を醸している物件は、曲線を用いた斬新なデザインが特徴の一軒家であり、その施主はブランドプロデュースなどで急成長を遂げるトランジットホールディングス(東京都渋谷区)の中村貞裕社長(54)であることが判明しています。

披露山庭園住宅地の広大な敷地に立ち並ぶ高級邸宅群。披露山庭園住宅地の広大な敷地に立ち並ぶ高級邸宅群。

進まぬ対話と「のれんに腕押し」の状況

住民たちの懸念は、今年4月に具体的な行動へと移されました。庭園の有志が、新築物件が近隣の眺望を遮る可能性があるとして中村社長に直接指摘したところ、「やれることはやります」との回答があったと報じられています。しかし、その後具体的な進展は見られず、事態はこう着状態に陥っています。業を煮やした有志は、詳細な図面の提出や建築の一部修正を改めて要請しましたが、中村社長側からは「のれんに腕押し」といった状況で、明確な対応がないと伝えられています。行政からの建築許可が下りていたとしても、披露山庭園住宅地独自の建築協定とは乖離している点が問題視されています。

披露山庭園住宅地に出現した、斬新なデザインの物議を醸す新築豪邸。披露山庭園住宅地に出現した、斬新なデザインの物議を醸す新築豪邸。

過去の類似事例:国立市マンション解体事件との比較

このような景観を巡る建築トラブルの事例として、積水ハウスが東京都国立市で建設していた10階建てマンションのケースが挙げられます。このマンション計画は、市民から富士山の眺望や周辺住宅の日照への影響が指摘され、強い反発を招きました。結果として、積水ハウスは「周囲への配慮が不十分だった」と認め、昨年、マンションの解体を決定する異例の事態となりました。披露山での今回の騒動も、その規模の大小はあれ、国立市の事例と同様に、個人の建築の自由と地域コミュニティの景観・生活環境の調和という課題を浮き彫りにしています。

トランジットホールディングスの見解と今後の展開

「週刊新潮」の取材に対し、トランジットホールディングスは一連の騒動について「弊社代表の私的財産に関する事柄であり、お答えすることはできかねます」と回答しています。また、中村社長本人への直接の連絡にも応答はなかったとのことです。この問題は、単なる近隣トラブルにとどまらず、高級住宅街における「建築協定」の法的拘束力と実効性、そして富裕層のモラルを問う社会的な波紋を広げる可能性があります。披露山庭園住宅地で起きたこの騒動は、今後も複雑な展開を見せることでしょう。

参考文献