都市部では多様な生き方が受け入れられつつありますが、地方においては「女性は結婚し、子どもを産み育てるもの」という伝統的な価値観が根強く残っているのが現状です。この価値観が、地方で暮らす独身者、特に独身女性にどのような影響を与えているのか。単身者の「今」に焦点を当てた取材から、50代女性の具体的な体験を通してその実態を探ります。
地方での「独身は生きづらい」という実感
大手メーカーで会社員として長年勤めてきた50代の女性は、東京でのキャリア生活を経て、昨年、企業合併に伴う転勤で関西の地方都市へと生活拠点を移しました。人口約150万人を擁する県庁所在地であり、交通アクセスも良好なため、東京とそれほど環境が変わらないだろうと想像していました。しかし、転勤後まもなく、彼女は胸騒ぎを覚える場面に直面することになります。地方における単身者の生活には、都市部とは異なる「生きづらさ」が潜んでいることを、彼女は徐々に実感していきました。
勤続30年で直面した「珍獣扱い」
その「生きづらさ」を象徴する出来事は、職場の面談中に起こりました。女性の勤続年数が30年であることを知った50代の男性同僚は、悪びれる様子もなく「えっ、勤続30年……? そんな人、他にいるの?」と驚きを露わにしたのです。女性は、この言葉の裏に「女性は結婚や出産を機に仕事を辞めるもの」という根強い固定観念が透けて見えたと感じました。「彼にとっては、女性が独身のまま、同じ会社で30年も働き続けていることが衝撃的だったのでしょう」と女性は語ります。確かに30年前であれば「寿退社」が一般的でしたが、東京では結婚や出産を経てもキャリアを続ける女性は珍しくありません。しかし、地方ではそのような働き方をする女性が「珍獣扱い」されるほど少ないことを、彼女は痛感しました。
都会から地方への転居で「独身の生きづらさ」を感じる女性
東京と地方、異なる「女性の働き方」の価値観
女性が新しい職場で目にしたのは、圧倒的に年下の派遣社員の女性が多く、電話応対やコピー取りといった業務を主に担っている光景でした。特筆すべきは、これらの女性たちが自身の役割に違和感を持っているようには見えなかったことです。「女性は男性の仕事の補佐をする」という、かつての役割分担が未だに強く根付いている現実がそこにはありました。これは、東京での経験とは大きく異なるもので、地方の職場環境におけるジェンダーロールの固定化を示唆しています。
独身にとって「居心地の良かった」東京の環境
「東京は独身でも居心地が良かったんですよね」と女性は振り返ります。東京で働いていた頃は、周囲にも独身の同世代が多く、独身であることを引け目に感じる場面はほとんどありませんでした。美術館巡り、落語鑑賞、歌舞伎鑑賞など、年齢を重ねた独身女性が一人でも心ゆくまで楽しめる場所や機会が豊富に存在しました。東京の多様性は、個人のライフスタイルが尊重される環境を提供し、独身者にとって精神的な「生きづらさ」を感じさせにくいものでした。
結び
今回の取材から、日本の地方社会には、都市部とは異なる伝統的な価値観や固定観念が未だに根強く残っており、それが独身者、特に独身女性の生活に「生きづらさ」をもたらしている実態が浮き彫りになりました。転勤や地方移住を検討する際には、単にインフラの利便性だけでなく、地域社会の文化や人々の価値観が自身のライフスタイルと合致するかどうかを深く考慮することの重要性を示唆しています。多様な生き方が認められる社会の実現には、地方における意識改革と、個人の選択を尊重する柔軟な視点が不可欠であると言えるでしょう。
参考文献: