最近、世界中で最も入手困難なアイテムとして注目されているのは、新作の高級ブランドバッグでも、最先端のガジェットでもない。ギザギザの歯を見せて笑う愛らしいエルフのぬいぐるみ、中国発の人気キャラクター「ラブブ(拉布布)」だ。デビッド・ベッカム、リアーナ、BLACKPINKのリサといった著名なセレブたちから、タイ王室の王女に至るまで、多くの有名人が自身のラブブコレクションを誇らしげに披露している。
ラブブは、香港のアーティスト、カシン・ロン(龍家昇)が2015年に発表した絵本『ザ・モンスターズ』シリーズのキャラクターとして誕生した。その後、2019年に中国の玩具会社ポップマートがぬいぐるみを発売すると、この1年で爆発的な人気を博し、瞬く間に世界的な現象へと発展した。ラブブはもはや単なるコレクター向けアイテムに留まらず、中国が長年求めてきた「ソフトパワー」が、予想外の形で具現化した象徴として認識され始めている。
「ブラインドボックス」戦略が生む熱狂:コレクター心理と経済的価値
ラブブの販売モデルは、中身が見えない「ブラインドボックス」形式が主流だ。購入者は箱を開けるまで、どのバージョンのラブブが入っているか分からない。このワクワクするような体験がコレクターの心理を強く刺激し、数億ドル規模の巨大なブームを生み出した。新作が発売されると即座に完売し、レアなバージョンを求めて「大人買い」するファンが後を絶たない。
ブラインドボックスで販売される中国の人気キャラクター「ラブブ」のフィギュアやぬいぐるみ。希少なバージョンを求めるコレクターたちが店頭に並び、大人買いする様子。
その人気を裏付けるように、今年6月には等身大のラブブフィギュアがオークションに出品され、108万元(約2,200万円)という驚くべき価格で落札された。これはラブブが単なるおもちゃの枠を超え、所有すること自体が社会的なステータスとなり、子供向けに見える製品が高いリセール価値を持つ、感情的かつ経済的な戦略性を兼ね備えた文化的製品であることを示している。
中国政府の苦悩を越えた「偶発的」ソフトパワーの成功
中国政府はこれまで、ビザ免除制度の導入や国産ブランドの国際的な普及推進など、国際社会でポジティブなイメージを構築するために多大な努力を重ねてきた。しかし、そのどの試みも、予期せぬ形で世界的な人気者となったラブブぬいぐるみの影響力には及ばないのが現状だ。
ラブブの成功は、日本政府が推進する「クールジャパン」戦略や、韓国のクリエイティブ産業輸出戦略「韓流」とは一線を画している。ラブブは中央集権的な計画によって生まれたのではなく、ファンコミュニティによって自然発生的に広まり、TikTokでの拡散、そして著名人の支持によって大きな注目を集めた。この消費者主導型の成功は、従来のトップダウン型文化輸出戦略とは異なる、「偶発的」なソフトパワーの台頭を示唆している。
「クールジャパン」や「韓流」との比較から見出す第三のモデル
日本の「クールジャパン」戦略は2010年に立ち上げられ、アニメや料理などを通じた日本文化の国際的発信を後押ししてきた。しかし、その過程では官僚的な非効率性、市場判断の誤り、明確な成果指標の欠如といった指摘も少なくない。ポケモンやスタジオジブリ、ラーメン、居酒屋といった日本の文化的成功の多くは、政府主導ではなく、市場原理と熱心なファンコミュニティに牽引されてきた側面が強い。
一方、韓国の「韓流」は、国家による投資戦略とインフラ整備を通じて強力に支援されてきた。映画『パラサイト 半地下の家族』や世界的アイコンとなったBTSなど、韓国の文化コンテンツは国際的に高く評価され、国のイメージ刷新に大きく貢献している。これは、ソフトパワーを戦略的に活用し、エンターテインメントが外交政策の最前線に立つ、国家主導型の成功モデルと言える。
これに対し、ラブブは第三のモデルを示している。それは、知的財産、ライフスタイルブランディング、そして消費者主導のトレンドを重視するようになった中国の商業エコシステムから、偶然的に生まれたソフトパワーだ。地政学や監視、独裁主義といった中国に対する従来の認識とは全く異なる、どこか心が和むような新たなイメージを世界に加えている。
結論:市場と感情が牽引する新たな文化的影響力
ラブブの人気爆発は、単なるキャラクターブームを超え、中国のソフトパワー獲得における新たな道を提示している。政府の計画的努力を凌駕する形で、消費者の感情に訴えかけ、市場の論理によって自律的に成長し、世界へと拡散していく文化製品の力が浮き彫りになったと言えるだろう。これは、デジタル時代における文化的影響力の獲得が、より有機的で、予期せぬ場所から生まれる可能性を示唆している。ラブブは、中国が長年「欲しくてたまらなかったもの」を、全く異なるアプローチで手に入れた象徴的存在として、今後も世界の注目を集め続けるだろう。
参考文献: