定年退職は、長年連れ添った夫婦にとって、文字通り第二の人生のスタートラインを意味します。しかし、この重要な節目に振り込まれる「退職金」が、これまで表面化していなかった夫婦間の不満や亀裂を露呈させ、「熟年離婚」という厳しい結末へと導くケースが少なくありません。本記事では、FP相談ねっと認定FPの小川洋平氏が紐解く、ある夫婦の具体的な事例を通して、退職金が熟年離婚の引き金となり得る現実とその背景に迫ります。
長年の不和と隠された妻の計画
斉藤裕子さん(仮名、60歳)は、夫の保さん(仮名、65歳)と結婚して38年になります。しかし、子どもたちが独立して家を出て以来、夫婦の会話は途絶え、既に15年以上も家庭内別居の状態が続いていました。専業主婦として長年家庭を支えてきた裕子さんには、特別なスキルや安定した収入源がありませんでした。「今離婚しても生活が成り立たない」という経済的な不安から、裕子さんは不仲な結婚生活を我慢し続けていました。大手企業に勤め、順調に出世コースを歩んできた夫の将来の退職金こそが、彼女にとって唯一の希望の光であり、生活再建のための資金源として期待されていました。
夫婦でありながら生活は完全に別々。裕子さんはこの15年間、家事も自分の分だけをこなし、夫の世話をすることは一切ありませんでした。そんな日々の中で、裕子さんは密かに一つの計画を企てていました。それは、「夫が定年退職し、退職金を受け取ったならば、その半分を財産分与として手に入れ、きっぱりと離婚する。そして、長年にわたり交際を続けてきた不倫相手の男性と再婚し、思い描いていた悠々自適なセカンドライフを送る」というものでした。
その計画を実現するため、裕子さんは不倫の痕跡を残さないよう細心の注意を払っていました。連絡手段を別に用意し、デートの支払いは現金で行うなど、あらゆる面で秘密を徹底。夫の稼ぎを自分の美容代や旅行費、そして不倫相手との交際費に充てることに、もはや罪悪感は微塵もありませんでした。「これくらいの贅沢は許されるはずだ」と、彼女は自分を正当化していました。
3,500万円の退職金が振り込まれた日
そして、ついに夫の定年退職の日が訪れました。3,500万円という多額の退職金が自身の口座に振り込まれたのを確認した瞬間、裕子さんは心の中で勝利のガッツポーズをしました。「計画通り。これで私の第二の人生が始まる」と胸を高鳴らせていた、まさにその矢先、神妙な面持ちの夫・保さんから、思いもよらない話を持ち掛けられたのです。
退職金を巡る熟年離婚の可能性を示唆する夫婦の姿
まとめ
本事例は、退職金という潤沢な資金が、長年積み重なった夫婦間の問題を顕在化させ、熟年離婚へと繋がる可能性を示唆しています。経済的な自立が見込めない状況で耐えてきた配偶者にとって、退職金は「最後の希望」となる一方で、計画的な離婚の引き金にもなり得るのです。定年後の第二の人生を円満に送るためには、金銭面だけでなく、夫婦関係の質やコミュニケーションの重要性を見つめ直すことが不可欠です。退職金を巡る家族間のトラブルを未然に防ぎ、互いに尊重し合える関係を築くための対話が、今まさに求められています。
参考文献
- FP相談ねっと (Gentosha Gold Online): https://gentosha-go.com/
- Yahoo!ニュース: https://news.yahoo.co.jp/articles/e1f8943e0c9af2f965c12b4485c9cc20d61d6001