日本語「ヤバい」の多義性:言語学者が紐解く現代の万能形容詞

日本のコンビニエンスストアで「お箸は大丈夫ですか?」「レジ袋は大丈夫ですか?」と尋ねられた際、「大丈夫です」と答える人が多いものの、これは不要を意味する独特な言い回しです。言語学を専門とし、日本への深い愛情から帰化した北九州市立大学准教授のアン・クレシーニ氏も、このような現代日本語の奥深さに着目しています。特に、21世紀においてその勢いを増し、驚くほど多様な意味を持つようになった「ヤバい」という言葉は、日本語学習者にとって時に「マジでヤバい」挑戦となるほどです。

日本でよく見られるコンビニエンスストアの場面。提供された箸を使おうとしている手のクローズアップ。日本でよく見られるコンビニエンスストアの場面。提供された箸を使おうとしている手のクローズアップ。

「ヤバい」が21世紀を象徴する言葉に

私たちが生きる21世紀において、最も使用頻度が高く、かつ変化に富んだ日本語の単語の一つが間違いなく「ヤバい」でしょう。この言葉はかつて若者言葉という印象が強かったものの、現在では幅広い年代の大人たちが日常的に使っています。ただし、高齢者層への浸透はまだ限定的かもしれません。ある時、英会話カフェで年配の生徒さんから「先生、『ヤバい』って、どういう意味ですか?」と英語ではなく日本語についての質問を受け、その汎用性の高さに改めて気づかされました。

危険から感動まで:「ヤバい」が持つ驚くべき多様な意味

元々「ヤバい」は、「危険だ」「危ない」といったネガティブな意味合いを持つ言葉でした。しかし現代において、この形容詞はまるで日本語の他の形容詞の半分を置き換えるかのように、驚くほど多岐にわたる意味を表現できるようになりました。文脈や話し手の感情、イントネーションによって、そのニュアンスは大きく変化します。

以下に「ヤバい」の多様な使用例を挙げます。

  • 「このお寿司はヤバい!」(=とても美味しい、素晴らしい)
  • 「テストの点数がめっちゃヤバかった」(=非常に悪かった)
  • 「推しとツーショット撮れた! ヤバッ!」(=すごく嬉しい、興奮する)
  • 「今日のライブ、超ヤバかった!」(=非常に盛り上がった、感動的だった)
  • 「あなた、ヤバい!」(=面白い、個性的である、すごい)
  • 「彼の顔はマジでヤバい」(=非常に格好良い)
  • 「すっぴんの私の顔、ヤバいわ」(=恥ずかしい、ひどい)
  • 「(明日はみんなの前でスピーチで)ヤバい」(=緊張する、困った)
  • 「あの韓ドラは超ヤバかった!」(=非常に感動した、引き込まれた)

ニュアンスと文脈が鍵:日本語学習者にとっての「ヤバい」の課題

アン・クレシーニ氏の中学生の娘さんの話によれば、単独で使われる「ヤバい」「ヤバッ!」「やべ〜」といった表現が最も一般的だそうです。そして、これらの言葉は、話し手のイントネーションや表情、そして何よりもその場の文脈によって意味が決定されます。この柔軟性こそが「ヤバい」の魅力であると同時に、日本語を学ぶ外国人にとっては、その真意を読み解くのが非常に困難な「ヤバい」現実となっています。

このように、「ヤバい」は単なるスラングを超え、現代日本語におけるコミュニケーションの重要な一端を担う多義語として進化し続けています。その意味の広さと文脈依存性は、日本語の奥深さを象徴するものであり、言語変化の興味深い事例と言えるでしょう。


参考文献

  • アン・クレシーニ. 『世にも奇妙な日本語の謎』. フォレスト出版, 2023.