熟年離婚の引き金は金銭感覚のズレ?58歳女性の事例に学ぶ夫婦のお金の問題

近年、日本社会において60歳前後で夫婦関係に終止符を打つ「熟年離婚」が増加傾向にあります。子育てが一段落し、会社を定年退職するなどの人生の節目で、これまで見過ごされてきた夫婦間の問題が顕在化することが少なくありません。その中でも、特に深刻な離婚原因の一つとして、「金銭感覚の不一致」が挙げられます。本記事では、家計再生コンサルタントである横山光昭氏の専門的視点から、この問題の実態と、ある58歳の女性の具体的な事例を通して、熟年離婚につながる夫婦のお金に関する課題を深く掘り下げていきます。将来への不安を抱える多くの日本人にとって、この記事が自身の夫婦関係や家計を見直すきっかけとなることを目指します。

熟年離婚の背景にある「お金の価値観のズレ」とは

ここ数年、60歳前後で離婚を選ぶ夫婦、いわゆる熟年離婚が増加しています。その原因は、単なる性格の不一致や介護への不安に留まらず、長年にわたって蓄積されてきた「お金に関する価値観のズレ」が決定的な引き金となるケースが少なくありません。

金銭感覚のズレはどの世代の夫婦にも起こり得ますが、現在50代後半から60代の女性たちには、ある特有の傾向が見られます。それは、「夫が稼いだお金は家族のため、そして最終的には自分(妻)が管理するお金」と自然に捉える価値観が根強いという点です。もちろん、これが全ての人に当てはまるわけではありませんが、専業主婦やパート勤務が一般的だった時代背景の中、家計の軸を夫の収入に置き、妻がそのお金を管理することが「自分(妻)のため」と信じてきた人は少なくないはずです。

しかし、家庭内でのお金についての風通しが悪く、お互いの使い方や考え方に納得できていない夫婦の場合、知らず知らずのうちに金銭感覚のズレが広がり、やがて取り返しのつかないほどの溝となってしまうことがあります。今回紹介するTさん夫婦の事例は、まさにこの「お金に関する感覚のズレ」が長年にわたって蓄積した結果、熟年離婚に至ったケースと言えるでしょう。

熟年離婚と金銭感覚の不一致に悩む夫婦のイメージ熟年離婚と金銭感覚の不一致に悩む夫婦のイメージ

15年間の単身赴任が深めた夫婦間の溝

「夫から生活費がもらえなくなります。これから暮らしていけるのか、老後資金は作れるのかが不安で……」。家計再生コンサルタントの元を訪れたのは、自治体関連施設でパート勤務をしている58歳のTさんでした。約3カ月前、61歳の大手メーカー勤務の夫(現在は再雇用制度を利用して勤務中)から突然離婚を言い渡され、現在は家庭内別居状態です。4人の子どものうち3人はすでに成人して独立しており、大学生の次女(20歳)のみがまだ同居しています。離婚後は一人で暮らすことになるため、将来への漠然とした不安がTさんを襲っています。

夫婦の離婚話の発端は、Tさんのお金の使い方に対する夫の不満でした。しかし、その背景には、長年にわたる夫婦間のお金の感覚の違いと、それが積み重なって生じた不満が大きく影響していました。Tさん夫婦は、夫が約15年間単身赴任をしており、再び同居を始めたのはここ3年ほどのことです。単身赴任が決まった当初、家族全員で転居するかどうかを話し合ったものの、夫は昇進のため、Tさんは子どもたちの教育環境を優先するため、別々に暮らすことを選択しました。

生活の拠点が2カ所になることで家計の負担は増大しましたが、Tさんは子育ての合間にパートに出て、なんとかやりくりを続けてきました。とはいえ、生活の柱は夫の収入です。夫婦はそれぞれの場所で責任を果たしているつもりでしたが、「見えない家計」のやりくりが続く中で、少しずつ不満が募っていったのです。実際、夫婦喧嘩の原因はいつもお金のことでした。夫は赴任先での人付き合いや交際費にお金を使いたいと考えていましたが、Tさんは「子どもの生活費を削られては困る」と反発。生活費の配分を巡って、何度も激しい言い争いになったと言います。「なんで俺だけが稼いで金を送らなきゃいけないんだ」「子どもにお金が回らないと暮らせない」と、夫婦は互いに譲らず、関係は徐々にギクシャクしていきました。それでも、子どものためという一点で、なんとか折り合いをつけてきたのが実情でした。

収入減と新たな趣味が招いた「悲劇」

やがて夫が役職定年を迎え、収入が減少しました。それに伴い、Tさんへの仕送りも減額されます。しかし、子育てが一段落して自分の時間ができたTさんは、偶然にも次女の影響でプロレスに興味を持ち始めました。最初はテレビ観戦からでしたが、徐々に試合を生で観たいという気持ちが募り、次女と一緒に観戦に出かけるようになったのです。チケット代は1回で2人分、約2万円。頻繁に通うとなれば、家計への影響は少なくありません。

Tさんはパートの勤務時間を増やして収入を補う努力もしましたが、それでも足りず、夫に「ちょっと足りないの」「今月は特別な支出があって」と頼んで、臨時でお金を送ってもらうこともあったようです。夫が単身赴任から戻った後、この趣味への支出が明るみに出て大喧嘩に発展しました。夫は「自分が我慢して働いているのに、なぜ自分のお金が娯楽に使われるのか」と不満を爆発させ、結果として熟年離婚の話し合いへと進んでしまったのです。

結論:金銭感覚の共有が豊かな老後を築く鍵

Tさん夫婦の事例は、金銭感覚の不一致が長年にわたり蓄積され、最終的に熟年離婚という悲劇的な結果を招く典型例と言えるでしょう。特に人生の後半で訪れる収入の変動や、新たなライフスタイルの変化が、それまでの夫婦間の曖牲を表面化させる引き金となることがあります。

熟年離婚を回避し、心穏やかな老後を築くためには、夫婦間でのお金に関するオープンなコミュニケーションが不可欠です。収入、支出、貯蓄、将来設計、そして個人の趣味にかかる費用など、あらゆる金銭に関する情報を共有し、互いの価値観を理解し尊重し合う努力が求められます。

もし夫婦間の金銭問題に不安を感じたり、話し合いが進まない場合は、横山光昭氏のような家計再生コンサルタントやファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談することも有効な手段です。第三者の客観的な視点からアドバイスを得ることで、問題解決の糸口が見つかり、夫婦関係を再構築するための具体的な道筋が見えてくるかもしれません。お金の問題は、夫婦の絆を強める機会にもなり得ます。早めの対策と定期的な見直しが、豊かな未来へとつながる鍵となるでしょう。


参考文献