長野県の吹奏楽部、「部活動の地域移行」で直面する多重課題

公立中学校における部活動の運営形態が見直され、民間クラブ等へ移行する「地域展開(地域移行)」の動きが全国で進む中、長野県内の吹奏楽部は、その特殊性から複数の深刻な課題に直面しています。大人数での練習が可能な施設の確保、受け皿となる地域の民間団体の不足、専門的な指導者の確保、そして高額な楽器の維持管理費用といった、文化系部活動特有の難題が、円滑な地域移行を阻む実態が浮き彫りになっています。

文化系部活動が抱える「特有の事情」

吹奏楽部は、その性質上、多くの生徒が同時に音を出すため、広大な練習スペースを必要とします。学校の音楽室や体育館以外の場所で、これだけの規模の練習が可能な施設を確保することは極めて困難です。また、地域のスポーツクラブと比較して、吹奏楽のような文化系活動を受け入れる団体が圧倒的に少なく、生徒たちが活動を継続するための「受け皿」が不足しているのが現状です。さらに、吹奏楽の指導には専門的な知識と経験が求められるため、学校の顧問教員以外の指導者を見つけることも一筋縄ではいきません。

加えて、吹奏楽で使用される金管楽器や木管楽器、打楽器は非常に高価であり、これまで学校が所有し、生徒に貸与することで活動が成り立ってきました。しかし、部活動の地域移行に伴い、これらの楽器の保管、メンテナンス、修理にかかる費用を誰が負担し、どのように維持管理していくのかという問題も未解決のまま残されています。これらの「特有の事情」が、部活動改革における大きな障壁となっています。

長野市における具体的な状況:吹奏楽部の大部分が廃部へ

長野市では、部活動の地域展開により、市内に19校ある公立中学校のうち、吹奏楽部を有する14校が2025年9月末で廃部となる予定です。その後の活動を継続させるための団体は限られており、約30年前に結成された民間クラブ「長野ジュニアバンド(NJB)」が、数少ない受け皿として期待されています。

長野市柳町中学校の音楽室で合同練習を行う吹奏楽部員たち、地域移行への適応長野市柳町中学校の音楽室で合同練習を行う吹奏楽部員たち、地域移行への適応

今年6月上旬の日曜日には、長野市柳町中学校の音楽室で、同校の吹奏楽部員24人と信州大学付属長野中学校の9人が合同練習を行いました。これは、両校吹奏楽部の移行先となるNJBとしての活動の一環であり、新しい環境への適応と仲間づくりを目的としたものです。柳町中学校3年で部長の塚原和佳さん(14)は、全国大会出場経験もある伝統ある部活動が廃部になることへの複雑な思いを抱えつつも、「大人数での演奏ができるようになるのは嬉しい」と、新たな環境への期待も口にしました。

生徒の複雑な心情と新たな課題

NJBは10月以降、部活動指導経験のある元教員らの協力を得て、柳町中学校を含む市内6校を練習会場とする計画です。現在14校で活動している1・2年生ら約220人が、それぞれの通いやすい場所を選んで参加することになると見込まれています。

しかし、新たな課題も浮上しています。NJBが活用する6会場は市街地に集中しており、郊外に住む生徒にとっては、自力で練習に通うことが困難なケースが出ています。例えば、若穂中学校の生徒が新たな練習会場となる桜ヶ岡中学校まで通うには、約8キロメートルの移動が必要です。若穂中学校で現在指導している元教員の山浦幸治さん(69)は、移行後も週2日は同校で指導を続ける意向を示していますが、それでも他の学校と比較すると練習機会が減少する可能性があり、生徒間の格差を生み出す懸念も指摘されています。

部活動地域移行に先立ち、共に練習する異なる中学校の生徒たち部活動地域移行に先立ち、共に練習する異なる中学校の生徒たち

移動と練習機会の不均衡

この地域的な不均衡は、特に文化系部活動において顕著な問題です。移動手段が限られる中学生にとって、練習場所へのアクセスは活動継続の可否を左右する重要な要素となります。練習機会の減少は、生徒のスキル向上だけでなく、モチベーション維持にも影響を及ぼしかねません。

まとめ

長野県における吹奏楽部の「地域移行」は、施設、指導者、楽器維持といった文化系部活動特有の複雑な課題を露呈しています。長野市での具体的な動きは、伝統ある部活動の存続と、生徒たちの継続的な音楽活動機会を確保するための抜本的な解決策の必要性を示しています。部活動改革を進める上では、スポーツ系だけでなく、吹奏楽部に代表される文化系部活動の特殊な事情を十分に理解し、生徒たちが質の高い活動を続けられるよう、地域全体で包括的な支援体制を構築していくことが強く求められています。

参考資料