7月20日の参議院選挙で初当選を果たした参政党の初鹿野裕樹議員(48)が、自身のX(旧Twitter)に投稿した「南京事件」に関する見解が大きな波紋を呼んでいます。この投稿は、日本の歴史認識、特にデリケートな日中関係における重要な論点に再び光を当てる形となりました。
参政党の初鹿野裕樹参議院議員
初鹿野議員のX投稿とその主張
初鹿野議員は6月18日、元航空幕僚長の田母神俊雄氏(77)による「南京事件」に関する日本政府の公式見解への不満を示す投稿を引用する形で、以下のようにXに投稿しました。
《南京大虐殺が本当にあったと信じている人がまだいるのかと思うと残念でならない。日本軍は「焼くな、犯すな、殺すな」の三戒を遵守した世界一紳士な軍隊である》
この投稿は、「南京大虐殺」とも呼ばれる「南京事件」そのものの存在を否定するものであり、日本軍の行動に対する極めて肯定的な評価を示しています。
「南京事件」の概要と犠牲者数の論争
「南京事件」とは、日中戦争中の1937年12月、中国国民党政府の首都であった南京を日本軍が陥落させた際に、都市部や農村部で中国兵捕虜や一般市民らが殺害され、略奪行為などが行われたとされる事件です。犠牲者数については、東京裁判で「20万人以上」、中国側の南京軍事法廷では「30万人以上」とされ、日本側の研究では「数万~20万人」など諸説があり、具体的な数字を巡る論争が続いています。
SNS上での反論と初鹿野議員の反応
初鹿野議員の投稿に対し、Yahoo!ニュースのエキスパートで軍事分野を専門とするJSF氏は7月28日、X上で《歴史的事実なので虐殺を否定したら嘘ですね》《当事者の証言など証拠が山ほどある》と反論しました。これに対し、初鹿野議員はJSF氏に《夢を見ているのですか?》と返信。さらに、当時の中国にいた複数の旧日本兵から直接話を聞いたという別のXユーザーの《確かにあったそうです》との投稿に対しても、初鹿野議員は《当時の、中国の警察庁長官は否定しました》と主張しました。
日本政府の公式見解:外務省の立場
しかし、日本政府の公式見解は初鹿野議員の主張とは大きく異なります。外務省のホームページには「南京事件」について、以下のように明記されています。
《日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後の歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたものです。そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました》
この記述は、犠牲者数の論争は認めつつも、日本軍による非戦闘員殺害や略奪行為の存在は否定できないという日本の公式な立場を示しています。歴代内閣が継承してきた「痛切な反省」と「心からのお詫び」の気持ちも強調されています。
国会議員の歴史認識と批判、そして問いかけ
政府が公式に「南京事件」の存在を認めている中で、現職の国会議員である初鹿野氏が歴史を「改ざん」するかのような主張を展開したことは、X上で多くの批判を呼びました。また、初鹿野議員が根拠とした《当時の、中国の警察庁長官は否定しました》という発言についても、「誰なのか」「出典は何か」といった疑問が相次ぎました。中国側が主張する「犠牲者数30万人」という数字について「過大」と指摘する日本の研究者は多いものの、数字の誤りをもって虐殺自体を「デマ」とする主張には根強い問題が残ります。
この問題について、初鹿野議員に対し「30万人」という被害者数ではなく、「南京事件」そのものが「なかった」という考えか、あるいは「当時の中国の警察庁長官」とは誰のことか、その出典、そして「南京事件」そのものがなかったと考える場合の根拠や理由について質問が送られ、参政党から書面での回答が寄せられています。
結論
参政党の初鹿野裕樹議員による「南京事件」に関するXへの投稿は、歴史的事実の解釈、政府の公式見解、そして国会議員の歴史認識のあり方を巡る深刻な議論を巻き起こしました。被害者数の具体的な数字は依然として論争の的であるものの、日本政府が事件における非戦闘員殺害や略奪行為の存在を認めている以上、個人の主張が公式見解と乖離することの意義は大きいと言えるでしょう。この問題は、今後の日本の政治と社会における歴史認識の議論に、引き続き影響を与える可能性があります。
参考文献
- Yahoo!ニュース
- 女性自身 (Jisin)
- 外務省ホームページ