世界的なベストセラー『21世紀の資本』の著者として知られるフランスの経済学者、トマ・ピケティが、欧州に対し長年の「自由貿易」信仰からの脱却を強く提唱しています。現代のグローバル経済において、欧州がその社会と産業を未曽有の危機から守り、持続可能な未来を築くためには、貿易政策の抜本的な見直しが不可欠であると警鐘を鳴らしています。ピケティは、無秩序な自由貿易がもたらす環境破壊や不公正な競争に対し、普遍的で予測可能な原則に基づいた新しい関税制度の導入を具体的に提案しています。
「トランプ流」との決定的な違い:普遍的原則に基づく関税の必要性
近年、世界中で高まる保護主義の波、特にドナルド・トランプ元米大統領が打ち出した「トランプ流」の政治は、貿易政策に大きな混乱をもたらしました。トランプ氏による関税設定は、主に自国への貿易黒字に固執する排他的なナショナリズムに根差しており、その日の気分によって左右される予測不可能なものでした。これは、貿易相手国との関係を不安定化させ、国際社会に不信感を生じさせる要因となりました。
しかし、ピケティが提唱する関税は、このような恣意的な手法とは根本的に異なります。彼は、普遍的かつ予測可能な原則に基づいた関税制度こそが必要であると主張します。この新しいアプローチは、単に自国の利益を追求するものではなく、地球全体の持続可能性と公正な経済活動を促進することを目的としています。これは、欧州が世界のリーダーシップを発揮し、より公平で持続可能なグローバル貿易体制を構築するための重要な一歩となり得ます。
環境コストの内部化:国境を越える輸送が引き起こす汚染への課税
ピケティが関税を課すべき第一の理由として挙げるのは、国境を越えた商品の輸送が引き起こす環境汚染、特にCO2排出量です。世界の二酸化炭素排出量の約7%がこの国際輸送に起因するとされており、その環境への影響は計り知れません。長らく経済学者はこの環境コストを過小評価し、炭素1トン当たり100~200ユーロと比較的低く見積もってきました。しかし、地球温暖化の深刻化に伴い、この認識は大きく変化しています。
マレシュ・シェフチョビチ欧州委員(貿易・経済安全保障担当)
現在では、CO2排出に伴うコスト(自然災害の増加や経済活動の鈍化など)は、炭素1トン当たり1000ユーロ、場合によってはそれ以上と見積もられています。この数字は、人々のウェルビーイングの低下や非経済的なコストを考慮に入れていないにもかかわらず、大幅な上昇を見せています。ピケティは、このような実態に見合った環境コストを商品の価格に織り込むために、世界の貿易フローに対し平均15%程度の関税を課すのが妥当であると提言しています。さらに、輸送する品目に応じて税率を細かく調整することも可能であるとしています。この関税は、消費者に環境負荷の高い商品のコストを意識させ、企業にはより環境に配慮した生産・輸送方法への転換を促すインセンティブとなるでしょう。
ダンピング対策としての関税:公正な競争環境の構築へ
関税を課すべき第二の理由は、ソーシャル・ダンピング、租税ダンピング、環境ダンピングといった不公正な競争行為への対策です。一部の国々では、労働者の権利保護、税制、環境規制の基準が他の国々に比べて著しく低い場合があります。これにより、これらの国の生産者は、より高い基準を持つ国の競合他社よりも安価に商品を生産・販売することが可能になり、国際貿易における公正な競争が阻害されます。
ピケティは、このようなダンピング行為を是正するために関税を導入すべきだと主張します。例えば、劣悪な労働環境や低い環境基準で生産された輸入品に対して関税を課すことで、その価格競争力を低下させ、結果として世界全体での労働・環境基準の向上を促すことができます。これにより、グローバル市場において、労働者の尊厳が守られ、環境が保護された上での、真に公正な競争環境が構築されることが期待されます。これは、単なる経済的利益を超え、倫理的・社会的な価値を尊重する貿易のあり方と言えるでしょう。
結論
トマ・ピケティによる貿易政策の見直し提案は、単なる経済論にとどまらず、地球規模での環境問題と社会の公正性という喫緊の課題への具体的な解決策を提示するものです。欧州がこの提案を受け入れ、「自由貿易」という従来の枠組みを超えて、普遍的で予測可能な原則に基づく関税制度を導入することは、自らの社会と産業を守るだけでなく、地球全体の持続可能性と公正な国際秩序の構築に大きく貢献する可能性を秘めています。この新しい貿易の「眼」を持つことが、未来に向けた賢明な選択となるでしょう。





