大量生産・大量消費の時代が過去のものとなりつつある現代社会において、人々の消費行動は「所有」から「利用」へと大きく変化しています。この根本的な変化を理解することは、「いま」という時代を読み解く上で不可欠です。私たちは日々多くの情報に触れ、目の前の小さな出来事に目を奪われがちですが、これらを「時代」という大きな視点、例えば10年や20年といった時間軸で俯瞰することで、本質的な特徴が見えてきます。本稿では、マーケティング研究者である久保田進彦氏の知見に基づき、消費行動と価値観の変遷をたどり、現代の潮流を深く掘り下げます。
1900年代〜1950年代:大量生産と効率化の時代
20世紀初頭から中盤にかけての産業界は、大量生産と効率化を最優先する時代でした。アメリカの自動車会社フォードが導入した「フォード生産方式」は、ごく限られた種類の製品を大量かつ効率的に生産することで、自動車の価格を大幅に引き下げ、その普及を促進しました。創業者ヘンリー・フォードが「顧客は黒である限り、どんな色のT型フォードも選ぶことができる」と語った逸話は、この時代の生産哲学を象徴しています。
自動車の普及は、石油産業の発展を促し、さらには化学産業にも大きな影響を与えました。プラスチックや合成繊維の研究が進み、多様な製品に応用されるようになりました。例えば、現在でも広く使われるナイロンは1935年に、テフロンは1938年に、いずれもアメリカの化学会社デュポンで開発されたものです。
電気産業もまた、この時代に飛躍的な発展を遂げました。動力源が蒸気機関から電動機へと転換する「動力革命」が起き、扇風機、アイロン、ラジオといった家電製品が普及し始めました。日本でも、1910年には日立製作所、1918年には松下電気器具製作所(現・パナソニック)、そして1939年には東京電気と芝浦製作所が合併し、東京芝浦電気(現・東芝)が誕生するなど、現在の主要企業がこの時代に基盤を築きました。この時期は、製品の普及を通じて社会全体の生活水準を向上させることに焦点が当てられていました。
消費行動の変化を象徴する、手に持たれた様々な硬貨。現代の消費パターンと経済の変遷を視覚的に表現。
1950年代以降:他社との差別化と多様化の潮流
1950年代に入ると、工業化の動きは継続しつつも、その方向性は変化し始めます。画一的な大量生産から、製品の「差別化」へと重心が移っていったのです。差別化とは、同じ製品カテゴリー内で他社とは異なる独自の製品を提供することで、市場での優位性を確立する戦略です。
複数の企業が類似した製品を提供する場合、消費者は最も安価なものを選ぶ傾向にあり、結果として企業の利益は減少します。しかし、他社にはない独自性の高い製品であれば、たとえ価格が多少高くても消費者に選ばれる可能性が高まります。このため、企業はカラーバリエーションの追加、細部のデザイン変更による新製品の投入、あるいは付加機能の搭載を通じて、他社との違いを積極的に訴求するようになりました。
このような動きの結果、市場には多様な種類の製品が溢れ、「安くて良い」だけでなく、「他とは違う」という点も製品の魅力として重視されるようになりました。一方で、まだ使える製品の買い替えを促すために、デザインや機能をわずかに変更した新製品を次々と導入する「計画的陳腐化」といった倫理的に問題のある行動も目立つようになった時代でもあります。
結論:変化し続ける消費行動と未来への示唆
消費行動は、社会の経済状況や価値観の変化とともに常に進化してきました。1900年代から1950年代の「大量生産と効率化」の時代から、1950年代以降の「差別化と多様化」の時代を経て、現代は「所有」から「利用」へと価値観が移行する新たなフェーズに突入しています。この消費行動の変遷は、単なる経済トレンドに留まらず、企業のビジネスモデル、社会の持続可能性、そして個人のライフスタイルにまで深く影響を与えています。過去の消費行動の軌跡を理解することは、現代社会が直面する課題を認識し、未来の消費のあり方を予測するための重要な手がかりとなります。
参考文献
- 久保田進彦. 『リキッド消費とは何か』. 新潮新書, 新潮社.
- Yahoo!ニュース / DIAMOND online. 「大量生産・大量消費が時代遅れに…消費が「所有」から「利用」に変わるワケ【マーケティング研究者が解説】」. 最終閲覧日: 2024年XX月YY日.
- 注: 記事の公開日(2025年08月14日)が未来のため、最終閲覧日は仮置きしています。