『火垂るの墓』と『埴生の宿』に込められた、時代を超えた平和への切なる願い

2025年8月15日、多くの人々に語り継がれるスタジオジブリ制作の映画『火垂るの墓』が、約7年ぶりに「金曜ロードショー」にて放送されることが決定しました。太平洋戦争の戦火によって幼くして人生を翻弄されることとなった兄・清太と妹・節子の壮絶な日々は、観る者すべてに深い悲しみと、目の前にある「平和」というかけがえのない価値を再認識する機会を与えます。この物語の終盤で静かに流れる一曲、「埴生の宿」は、その普遍的なメッセージを一層強く印象付けます。

スタジオジブリ映画『火垂るの墓』より、清太と節子が困難な時代を生きる姿スタジオジブリ映画『火垂るの墓』より、清太と節子が困難な時代を生きる姿

『火垂るの墓』を彩る『埴生の宿』の背景

映画『火垂るの墓』で、妹の節子が短い生涯を終えた後に流れる、どこか物悲しくも温かいメロディの英語の楽曲。その原題は『Home! Sweet Home!』といい、日本では『埴生(はにゅう)の宿』として広く知られています。この歌は1823年にイギリスで生まれ、日本語に訳された後は学校教材にも掲載されるほど浸透しました。特筆すべきは、洋楽が敵視されやすかった太平洋戦争中においても、この歌だけは人々の生活に深く根ざし、歌い継がれ続けたという事実です。小説『ビルマの竪琴』の中では、戦地に赴いた日本兵たちが故郷を想い、この歌を合唱するシーンが印象的に描かれています。

歌詞に秘められた「質素な我が家」の幸福

そんな『埴生の宿』の歌詞は、以下の通りです。

埴生(はにゅう)の宿も わが宿
玉の装(よそい) うらやまじ
長閑(のどか)なりや 春の空
花はあるじ 鳥は友
おお わが宿よ 楽しとも 楽しや

書(ふみ)読む窓も わが窓
瑠璃(るり)の床(とこ)も うらやまじ
清(きよ)らなりや 秋の夜半(よわ)
月はあるじ 虫は友
おお わが宿よ 楽しとも 楽しや

歌詞に登場する「埴生の宿」とは、土壁で作られたような質素で簡素な家を意味します。これに対し、「玉の装(よそい)」は宝石で飾られた豪華な邸宅を、「書読む窓」は読書にふけるための窓辺を、「瑠璃(るり)の床(とこ)」は宝石を敷き詰めたような絢爛たる床を指します。その後に続く「長閑なりや 春の空 花はあるじ 鳥は友」や「清らなりや 秋の夜半 月はあるじ 虫は友」といった表現は、家の周りに広がる四季折々の自然を深く愛でる心を歌い上げています。

つまり、『埴生の宿』は、たとえ物質的には質素であっても、四季の変化に恵まれ、穏やかな自然に囲まれた我が家で過ごす日々のささやかな幸せを歌い上げたものです。そこで得られる心の安らぎや満ち足りた日々は、どんなにきらびやかに飾られた豪邸での暮らしにも勝るという、人間にとって普遍的な幸福の価値を伝えているのです。

原題『Home! Sweet Home!』が示す普遍的な郷愁

この歌の原題である『Home! Sweet Home!』も、同様のメッセージを強く訴えかけます。どれほど楽しく、豪華な場所を旅し、華やかな世界を巡り歩いたとしても、遠く離れた故郷への深い郷愁と恋しさは消えることがありません。最終的には、あの小さく質素な家に戻り、心の安らぎと真の幸福を取り戻したいと願う。まさに「やっぱり我が家が一番」という普遍的な感情を強調している点が、この歌の大きな特徴と言えるでしょう。

戦争の時代に響き渡る平和への祈り

『埴生の宿』の歌詞には、直接的に戦争を想起させるような表現は一切出てきません。しかし、この歌が太平洋戦争中にも人々に愛され続けたこと、そして戦地を彷徨う兵士や、戦火によって苦しい毎日を送る人々によって歌われたことには、深い意味が込められています。彼らは、この歌に、かつて享受していた平穏な日常、愛する家族と暮らす質素ながらも温かい我が家への切なる願いと郷愁を重ね合わせました。

『火垂るの墓』において、最も悲劇的な場面である節子の死後にこの歌が流れることは、失われた平和、二度と戻らない安穏な日々への痛ましいまでの郷愁を象徴しています。それは、単なる叙情歌の枠を超え、戦争の悲惨さと、それによって奪われた「当たり前の幸せ」の尊さを静かに、しかし力強く訴えかけるメッセージとなるのです。

結論:平和を希求する心は、いつの時代も変わらない

『埴生の宿』は、単なる美しいメロディを持つ叙情歌ではありません。それは、戦争という極限状態の中で、人々がどれほど平穏な日常と愛する我が家を希求していたかを示す、希望と郷愁の歌です。質素な暮らしの中に見出す幸福、そして故郷への普遍的な愛着は、時代や状況を超えて人間の心の奥底に根付く感情であることを教えてくれます。

『火垂るの墓』が再び放送されることは、私たち現代の日本人が、過去の戦争の悲劇と、その中で失われた数えきれない命、そして「埴生の宿」に込められた平和への切なる願いを改めて心に刻む貴重な機会となるでしょう。平和の尊さを再認識し、争いのない世界を築くことこそが、清太と節子、そしてすべての戦没者への最大の供養となるのです。

参考文献

  • 野坂昭如 著『火垂るの墓』(新潮社)
  • 竹山道雄 著『ビルマの竪琴』(新潮文庫)
  • ジョン・ハワード・ペイン 作詩、ヘンリー・ビショップ 作曲『埴生の宿』(Home! Sweet Home!)
  • スタジオジブリ 映画『火垂るの墓』