アポロ11号月面着陸の「陰謀論」:なぜ科学的事実が歪められ、SNS時代に拡散するのか

1969年7月20日、アメリカ航空宇宙局(NASA)による人類初の月への有人宇宙飛行計画「アポロ計画」の一環として、アポロ11号が月面に着陸した。この歴史的な瞬間は、冷戦下でソ連との激しい宇宙開発競争を繰り広げていたアメリカの勝利を世界に知らしめる象徴的な出来事となった。宇宙飛行士のニール・アームストロングとバズ・オルドリンが月面に星条旗を立てた光景は、日本でもNHKが衛星生中継で特別番組を放送し、多くの国民に伝えられた。アポロ計画全体で、人類は合計6回月面に降り立ち、約400キログラムもの月石を持ち帰っている。

しかし、この揺るぎない科学的事実と歴史的記録にもかかわらず、現代社会では「アポロ月着陸陰謀論」が根強く存在している。2015年9月、東京大学で非常勤講師を務める左巻健男氏が、中高理科の教職免許取得を希望する理系の学生7人に「アポロ宇宙船は月面に着陸したか?」と質問したところ、驚くべきことに4人が「月面着陸はなかった」と回答した。この背景には、科学的根拠に基づかない言説が社会に混乱をもたらす、現代ならではの課題が潜んでいる。

科学的事実と学生の認識のギャップ

アポロ計画は、合計400キログラム近くの月石を持ち帰り、宇宙飛行士が月面を歩行する姿もフィルムに収められるなど、数々の確固たる証拠を残している。それにもかかわらず、理系の学生の半数以上が月面着陸を否定したという左巻氏の調査結果は、いかに「陰謀論」が人々の認識に影響を与えているかを浮き彫りにする。科学的な事実と個人の認識の間に生じるこのギャップは、社会全体が誤情報にどのように対処すべきかという重要な問いを投げかけている。

バズ・オルドリン宇宙飛行士が月面で星条旗の横に立つ姿バズ・オルドリン宇宙飛行士が月面で星条旗の横に立つ姿

テレビ番組が拡散した「アポロ月着陸陰謀論」

学生たちが「月面着陸はなかった」と考えるようになった主な理由は、テレビの影響が強いとされている。彼らは、アポロ宇宙船の月面着陸映像はハリウッドのスタジオで撮影されたもので、米国がソ連を出し抜くために当時のニクソン大統領がでっち上げた陰謀であり、宇宙飛行士はただの役者だった、というストーリーのテレビ映像を観て、ある程度納得していたという。

世界的に大きな影響を与えたのは、2001年に米国のケーブルテレビ局FOXテレビで放送された「疑惑の理論──人類は月に行ったのか?」と題された番組である。この番組が世界中に配信されたことで、「アポロ月着陸陰謀論」は世界中で拡散し、多くの陰謀論者を生み出すきっかけとなった。日本でも2002年にこの映像がバラエティ番組で放送され、さらには関連書籍なども出版されたことで、この陰謀論は一気に広まった。しかも、関連番組はその後も繰り返し放映され、人々の記憶に残り続けてきたのだ。

アポロ11号の宇宙船から撮影された青く輝く地球の姿アポロ11号の宇宙船から撮影された青く輝く地球の姿

SNS時代における誤情報の危険性

科学的な事実に根拠を持たない言説は、時に社会に混乱をもたらす。特にSNSが情報伝達の中心となった現代では、事実に基づかない情報であっても、安易な発信や拡散によって瞬く間に広がり、誤った認識が形成されやすい。このような誤情報の拡散は、個人のみならず社会全体にも悪影響を及ぼす可能性があり、場合によっては法的リスクをともなうこともあるため、注意が必要である。情報の真偽を見極めるリテラシーが、これまで以上に求められている。

参考文献

  • 左巻健男氏『陰謀論とニセ科学 – あなたもだまされている -』(ワニブックス【PLUS】新書、2022年)