神奈川県相模原市の市立小学校で、20代の男性教諭が校長を大声で叱責し、減給1カ月の懲戒処分を受けました。一般的なパワハラは上司から部下への行為と認識されていますが、この「部下から上司へ」の叱責が、法的にパワハラと認定される可能性はあるのでしょうか。本記事では、この注目の事例と、パワハラの法的解釈について専門家である弁護士の見解を基に深掘りします。
相模原市の教諭、校長への叱責で懲戒処分
この問題は、相模原市の市立小学校で発生しました。今年5月、20代の男性教諭が学級の児童が見ている前で、校長に対し大声で叱責。この行為により、児童が泣き出す事態にまで発展したとされています。さらに、神奈川新聞の報道によると、6月には教諭が児童に対して「先生が来週から休むのはいじめられたことが原因。いじめた先生の話は聞かないように」と発言し、1カ月間の傷病休暇を取得したと報じられています。
こうした一連の事態を受け、相模原市教育委員会は8月21日付で、この教諭に対し減給1カ月の懲戒処分を決定しました。処分の理由は「職場の秩序を著しく乱した」ためとされています。このケースは、若手教諭が学校のトップである校長を叱責するという異例の事態であり、その行為が法的にどのように評価されるのかが注目されています。
教員による校長への叱責とパワハラの法的論点
部下から上司への叱責は「パワハラ」に該当するのか?弁護士の見解
一般的に「パワハラ」とは、上司から部下への優越的な関係を背景に行われる行為を指すことが多いですが、今回の事例のように「部下から上司へ」の叱責がパワハラに当たる可能性はあるのでしょうか。今井俊裕弁護士が、パワハラの一般的な判断基準と今回のケースについて解説します。
パワハラの三つの要件
今井弁護士によると、パワハラに該当するかどうかの判断基準は、国家公務員に適用される人事院規則や民間の労働者に適用される労働施策総合推進法における定義とほぼ同様の内容であり、以下の三つの要件を満たすものとされています。
- 職務に関する優越的な関係を背景として行われる:行為者と被害者の間に、職務上の地位や人間関係などの優位性があること。
- 業務上必要かつ相当な範囲を超える言動であって、:業務の適正な範囲を超えた言動であること。
- 職員に精神的もしくは身体的な苦痛を与え、職員の人格もしくは尊厳を害し、または職員の勤務環境を害することとなるようなもの:被害者に精神的・身体的苦痛を与え、職務環境を悪化させること。
部下から上司への言動がパワハラと認定されるケース
今井弁護士は、「単に小学校の教諭が校長を叱責したケースでは、(1)の『優越的な関係』を満たさず、ただちにパワハラとは評価しにくい」と指摘します。しかし、人事院の通達では、部下からの言動でも以下のような状況下であればパワハラに該当する可能性があるとされています。
- 部下が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者の協力を得なければ業務の円滑な遂行をおこなうことが困難な状況下で行われるもの。
- 部下からの集団による行為で、これに抵抗または拒絶することが困難であるもの。
これらの例外規定により、必ずしも「上司から部下」に限定されるわけではないことが示されています。部下の専門知識や経験が不可欠な場合、または集団による圧力行為である場合には、優越的な関係があると見なされる可能性があります。ただし、今回の相模原市の教諭のケースがこれらの例外に該当するかは、詳細な情報がなければ判断が難しいと今井弁護士は述べています。
結論
神奈川県相模原市の市立小学校で発生した教諭による校長叱責の事案は、「職場の秩序を著しく乱した」として懲戒処分が下されました。この「部下から上司への叱責」という行為が法的にパワハラと認定されるか否かは、一般的なパワハラの定義である「優越的な関係」の有無が鍵となります。通常は優越的関係が認められにくいものの、部下の専門性や集団的圧力といった特定の状況下では、パワハラと判断される可能性も存在します。この事例は、職場のハラスメント問題の複雑さと、多角的な法的視点からの評価の必要性を示唆しています。