国際政治の舞台において、時に「狂気」と見なされる振る舞いが強力な外交的武器となることがある。ドナルド・トランプ元米大統領は、その強みを巧みに活用し、地球規模の局面で緻密な外交戦略を展開してきた。特に注目すべきは、2025年8月8日に旧ソビエト連邦構成国であるアルメニアとアゼルバイジャンの和平協定署名を仲介したことだ。その1週間後、8月15日にはプーチン露大統領との会談に臨み、世界に衝撃を与え、プーチン氏に「トランプ大統領の登場でトンネルの先に光が見え始めた」とまで言わしめた。この中央アジアにおける仲裁成功は、ロシア・ウクライナ和平に向けた重要な布石と見られている。憲政史研究家の倉山満氏が、トランプ氏の外交戦略の真意と、その背景にある現実主義的な国際政治観を深く読み解く。
トランプ米大統領とプーチン露大統領、会談での緊迫した表情。アルメニア・アゼルバイジャン和平仲介後の戦略的会合。
「狂っていると思われること」は国際政治における強力な武器
ドナルド・トランプ元米国大統領は、しばしば「頭がおかしい人物」として扱われ、その外交手腕や国際社会における和平交渉も「ノーベル賞が欲しいだけだ」と揶揄されることが多い。確かに、彼が大統領一期目の終盤に、熱狂的な支持者が国会議事堂に乱入する事態を煽動するような言動があったことは否定できない。しかし、人間の評価は決して百点か零点かの二極論では語れない。時に大きなマイナス点があったとしても、その人物が持つ大きなプラスの側面を否定することはできないのである。
国際政治という特殊な領域において、「狂っていると思われること」は決して弱点ではない。むしろ、時に非常に強力な武器となる。例えば、北朝鮮の金正日総書記が良い例だ。アメリカに逆らった数多の独裁者が非業の死を遂げる中、彼は独裁者として病床でその生涯を終えることができた。それは彼が「この男は本当に核兵器を発射しかねない」と思わせる一点を、外交上の最大の武器としたからに他ならない。
トランプ氏の行動が示す外交手腕と「戦争設計」の能力
では、トランプ氏はどうだろうか。言葉は人を欺くことがある。特に、先入観や色眼鏡で言葉を読み解く人々は、往々にして勝手に騙されてしまう。しかし、行動は嘘をつかない。本誌の過去号(7月22日発売号)でも詳細に報じたが、イスラエルとイランの間で発生した十二日間戦争に関するトランプ氏の手腕はまさに圧巻であった。
彼は紛争に対し「戦争設計」を行う能力を持っている。これはつまり、最終的な落としどころや目標地点を事前に定めておき、そこに向かって慎重かつ計画的に物事を運ぶことができる外交手腕を指す。そして、世間のイメージとは裏腹に、彼は非常に粘り強い交渉術を持ち、何よりも国際情勢全体を俯瞰する「大局観」を兼ね備えているのだ。
国際政治の専門家である倉山満氏の分析が示すように、トランプ氏の外交は表面的な印象や発言だけでは測れない深遠な戦略に基づいている。彼の「狂気」と見なされる部分も、実は周到に計算された現実主義的なアプローチの一環であり、国際社会における複雑な利害関係の中で、独自の道を開拓してきたのである。